『ドラゴン桜2』桜木建二が教える 2020教育改革

問いを立てる訓練がヒトに不可欠な力養う 山極壽一・京都大学総長が考える「学び」

2020.06.22

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桜木 建二
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前回、ゴリラ研究の第一人者・山極壽一さんに、「人間が育つときに大切なこと」について聞き、「コミュニケーション力」と、「生活に則したかたちの読解力」が不可欠との言葉をもらった。大学生になるまでにそのふたつを身につけたし、というのが山極壽一総長の言葉だったが、これらが大学入試で厳しく問われることはないのが現状だ。

既存の「問い」の答えだけ探していてはダメ!

どこで、どうやって、そうした力を養えばいいだろうか?

「いつでもどこでも、だれだってできますよ。自分で問いを立てることを、習慣づければいいのです。

既存の問いに従って、その答えを見つけるのが学校での勉強の大半で、そういう基礎力もなくては困りますが、それだけじゃ足りないのも事実。

どんなジャンルのことでもいいので独自の問いを立てて、仲間とその問いを共有しながら、正しい答えをみずから見つけようとする。それを意識的にしたほうがいい。

決められた答えを一生懸命に導き出す力にいくら秀でていても、それだけでは大学に入ったら通用しませんしね。

求められるのは、自分なりの問いを見つけること。すなわち課題の設定こそが、大学の学びなのですから」

人間は本来、問いを立てるのがうまい生きもの

問いを立てるトレーニング、いつごろからすればいいだろう。

「小学生のうちからじゅうぶんにできますよね。自分が疑問に思ったことを、『なぜ?』と問えばいいだけですから。

小学生と話すのって、おもしろいじゃないですか。とんでもなく自由な問いが飛び出すからです。

せっかく発想が柔らかなのに、問いをあらかじめ与えられる教育にいつしか慣れてしまうと、自分で問いを発することができなくなっていくのは残念でしかたがありません。

人間は本来、問いを出すのがうまい生きもののはずなんですよ。

前回、人間は離乳期から多くの他者と会って、コミュニケーション力を磨いていく生きものだという話をしました。

早い段階から広い世界に触れることになるのが人間であって、そうすると必然的にさまざまな問いに直面します。

この人はなぜ自分と違うことをするのだろう。または、なぜここにはこんな変な生きものがいるのか、などとあれこれ切実に考えざるを得ない。

未知の事態に次々と直面し、予想のつかない現象と付き合っていかねばならない、そうなると『なぜ?』という問いがいつも頭に浮かんでいる状態となる。

そうやって『なぜ?』『なぜ?』と考え続けることで、人間は成長していくものなのです」

「答え」を導ける「問い」を意識すべし

小さいころから、問いを立てるトレーニングを積むべきだと、山極寿一総長は教えてくれた。

ただし、ひとつ注意点があるそうだ。

「子どもの素朴な『なぜ』は、ともすると答えをうまく導けない問いだったりします。

たとえば『神様ってなんでいるの?』『なんで宇宙はできたの?』といった問いが、子どもから発せられます。すてきな問いだとは思いますが、現在の科学や思想を総動員しても、それらの問いの答えは得られませんよね。

問いを持つことは大事。ただ、その先に答えを見つけるというのも大事なこと。なので、子どもが学びを進めるためには、正しい問いの出し方を知ることが必要になります。

たとえば『なんで宇宙はできたの?』という問いは、『新しい星ってどうしたらできる?』というかたちに進むと、これは現在の科学で答えられるものとなります。

答えを導ける問いをつくっていくことで、世界への興味はいっそう湧いてくるんじゃないでしょうか。

世界はいろんな『問いと答え』に満ちていると気づけば、学ぶことの楽しさに目覚めていけると思いますよ」

ドラゴン桜2
(C)三田紀房/コルク 「ドラゴン桜」パート1から
ドラゴン桜2
(C)三田紀房/コルク 「ドラゴン桜」パート1から

「他者から教えられる」のは動物界で人間のみ

学ぶ楽しさを味わう。それこそ人間らしい行為だと、山極総長は教えてくれた。

「他者と対話し、いい問いを出し、その答えを見つける楽しさを覚える。それが人間の生きる意味です。

せっかくなら、早いうちからそこに気づいたほうがいいでしょう? 

問いは与えられるものだと思っているから、学校の勉強がおもしろくなくなっちゃうんですよ。そうじゃない、問いは他人から与えられるものじゃなくて、君が自分でつくるものだ。それをまずは知らないとね。

教育って、人間の世界にだけ存在する行為なんですよ。動物は他者から教えられるということはなく、すべてを自分で学ぶしかありませんから。

じゃあ教育の本質とは何かといえば、それは上の世代から下の世代への贈りものであるということです。

教育が贈りものだとすれば、贈る側の大人としては、子どもからの反応を過剰に期待してはいけません。贈りものとは、正当なお返しなどしなくたっていいものですし、見返りを期待するようなものではありませんから。

自分が贈った知識や経験を、子どもがどう噛み砕き消化して、自分のものにするかは、楽しみにするのはかまわないとしても、ゆめ強制などしてはいけません。

いつか栄養となり、子どもの成長を助けるものになるのを期待する、それくらいに留めておくべきなのです」

食卓での親子の対話がいちばんの教育

教育とは贈りものであると、山極総長は喝破してくれた。

見返りを期待するようなものではないというのはわかったが、では親は日ごろ、子どもにどんな態度で接して、何をしてやればいいだろう。

「ひとつには、学ぶための具体例を提供してあげられるよう気を配ることです。

人の会話の8割はゴシップでできています。

だれかが話している内容は、人の間に起きたことか、人の関係そのものについての話が大半ということです。

そういう話を聞いて、子どもは人の間の関係性の機微や、していいこと・悪いことの区別を具体的に覚えていきます。

ですから親は、人の世の出来事や関係性についての例をたくさん提示していくべき。

そのためには、親子が同じ食卓について、バカ話をすることがいちばんです。対話をするということですね。

子どもはそこから重要な学びを得ていきます」

自然や生きものと触れ合いが学びを深める

「現在の学びは、教科書や問題集なんかをうまく用いて効率的になっているのはいいのですが、ちょっとショートカットし過ぎな面があります。

抽象化したエッセンスだけを丸ごとのみ込み覚えて、試験だけをクリアすればいいということになっている。

しかし本来、学びとはそれほど短縮できるものではありません。多様な事例に触れて、それらを頭の中で整理しながら、全体像をつかむ。対話を通じて、知識を身体化していく。そうした過程がぜひとも必要なのですが、その時間が削られてしまいがちです。

学びのための『具体的なことを含んだ時間』を、少しずつでも取り戻すべきでしょう。

そのためにはまず、自然と付き合うよう心がけるのがいい。

僕自身は幸い、少年時代から自然と付き合う時間を多く持てて、研究生活に入ってからもアフリカまで行ってゴリラたちと長い時間を過ごすことができた。

その経験が何にも代えがたい貴重なものだと思っているので、なおさら自然とともにいることの効用を説きたくなるのです。

自然と付き合えといっても、何もジャングルに分け入れと言うのではありません。

そもそも人間だって自然の一部ですから、人間と対話するのも自然と付き合うことになります。

植物を育ててみるのでも、ペットと遊ぶでもいい。とにかく生きているものを相手にすると、予想外の反応だったりやりとりが生じますね。

相手の反応によって、自分がどういう存在であるかに気づくことができます。

自分をよりよく知る、そのためには相手が必要なんです。パソコンやスマホと付き合うんじゃなくて、人間や生きものと付き合うこと。そうしてこそ、私たちは学びを得られるのですよ」

(山内宏泰)

ドラゴン桜2
山極壽一さん

話を伺った人

山極壽一さん

人類学者、霊長類学者

(やまぎわ・じゅいち)1952年、東京生まれ。人類学者、霊長類学者。京都大学理学部卒業後、京都大学大学院理学研究科博士後期課程研究指導認定退学。理学博士。日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所・助手、京都大学大学院理学研究科・助教授、教授を経て、14年から現職。おもな著書に、『「サル化」する人間社会』(集英社)、『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』(朝日新聞出版)『ゴリラからの警告「人間社会、ここがおかしい」』(毎日新聞出版)などがある。趣味は、リンガラ・ポップスを聞きながら踊ること。

『ドラゴン桜2』

作者は、漫画家・三田紀房さん。中堅校に成長したが、再び落ちぶれつつある龍山高校が舞台。弁護士・桜木建二が生徒たちを東大に合格させるべく、熱血指導するさまを描く。教育関係者らへの取材をもとに、実用的な受験テクニックや勉強法をふんだんに紹介している。雑誌「モーニング」(講談社)や「ドラゴン桜公式マガジン」(note)で連載中。

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