慶應SFC30年、立命館APU20年――日本の大学をどう変えたか

慶應SFC編②◆新学部長は40代のアーティスト

2020.07.02

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中村 正史
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この30年の日本の大学に大きなインパクトを与えたのは、「大学改革のモデル」と言われた慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)と、学生・教員の半数が外国人という立命館アジア太平洋大学(APU)だろう。奇しくも今年、SFCは30年、APUは20年を迎える。両大学は日本の大学をどう変えたのか、そして現在も開設当初の理念は受け継がれているのか、連載で報告する。
最初は慶應SFC。AO入試、学生による授業評価、シラバス(講義要項)、24時間キャンパス、セメスター制……。今では多くの大学が導入しているこれらを初めて採り入れたのがSFCである。問題発見・解決型の授業、グループワークやディベートなど双方向型の授業もしかり。その現在とは――。(写真は、自ら制作した彫刻作品の前に立つ脇田玲・環境情報学部長)

SFC「3役」が初めて同時交代した 

SFCの総合政策学部、環境情報学部の学部長と、大学院政策・メディア研究科委員長は「3役」と呼ばれる(看護医療学部、健康マネジメント研究科を入れて「5役」と言うことも)。昨年10月、この3役が同時に交代する出来事があった。3役の同時交代は初めて、しかも新しい学部長2人は40代だった。

この背景には、総合政策学部長を6年務めてきた河添健氏と、「インターネットの父」と呼ばれて開設時からSFCの顔だった政策・メディア研究科委員長の村井純氏がともに65歳の定年を迎え、2020年3月末で退職するという事情があった。ちなみに、河添氏と村井氏は慶應義塾高校から慶應義塾大学工学部数理工学科(当時)に進んだ同級生である。

「双子の学部」と言われるSFCは、教員の組織や運営もユニークだ。学部の隔たりはなく、両学部の教員全員でつくる合同教員会議があるが、日常的な運営は学部長が委嘱した20人程度の合同運営委員会が意思決定して担う。

学部長選挙も、①候補者は自薦、他薦どちらでもよい、②課長職以上の事務職員も投票する、③候補者は有権者を前に所信表明演説を行う、とユニークだ。

今回の取材で話を聞きたかった一人が、新しく環境情報学部長になった脇田玲氏である。SFC最年少の44歳で就任した。

1993年にSFCに入学した4期生で、後述するような経緯で2004年に環境情報学部の専任講師として母校に戻った。科学と現代美術を横断するアーティストとして知られ、芸術祭などで多くの作品を発表している。上の写真は、昨年10月、東京ミッドタウンで開かれた「デザインタッチ」で展示された脇田氏の彫刻作品である。

学内で「あの人はロッカーですから」と言われている、と脇田氏に伝えたら、「ロックやヘビーメタルなどの音楽が好きなのと、感情的に物事を考えがちなので、発言や行動がロックだという意味ではないですか」と返ってきた。

とはいえ、村井氏らに比べると、知名度は高くない。学内行政の経験もほとんどなく、学部長に選ばれた時に三田の大学本部に顔合わせに呼ばれたそうだ。

脇田氏は4月6日にSFCホームページに載せた「新入生・在校生のみなさんへのメッセージ」で物議を醸し、一躍、話題の人になった。以下がその全文だ。

〈家にいろ。自分と大切な人の命を守れ。SFCの教員はオンラインで最高の授業をする。以上。〉

脇田氏を知る学内からは「かっこいい」「さすが」「SFCっぽい」と好意的に受け止められたが、学外からは「高飛車だ」「偉そうに」などの批判を受けた。学内で「ラディカル」と言われる面目躍如とも言えるかもしれない。

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