慶應SFC30年、立命館APU20年――日本の大学をどう変えたか

慶應SFC編⑧◆教員たちが語るSFC論(3)新しい時代の理念をどう創造するのか

2020.07.17

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中村 正史
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この30年の日本の大学に大きなインパクトを与えたのは、「大学改革のモデル」と言われた慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)と、学生・教員の半数が外国人という立命館アジア太平洋大学(APU)だろう。奇しくも今年、SFCは30年、APUは20年を迎える。両大学は日本の大学をどう変えたのか、そして現在も開設当初の理念は受け継がれているのか、連載で報告する。
最初は慶應SFC。AO入試、学生による授業評価、シラバス(講義要項)、24時間キャンパス、セメスター制……。今では多くの大学が導入しているこれらを初めて採り入れたのがSFCである。問題発見・解決型の授業、グループワークやディベートなど双方向型の授業もしかり。その現在とは――。(写真は緑豊かなキャンパス。オンライン授業でキャンパス間の距離は縮まっている=SFC提供)

「SFCを慶應の特区に」と要望 

連載の最後に、これまで登場した教員たちにSFCを語ってもらおう。一人目は、第1回で紹介した授業「SFCスピリッツの創造」を担当する田中浩也・環境情報学部教授。

――SFCは変わっていないのですか?

「SFCからはスタートアップ企業がたくさん生まれています。相変わらず尖っていて、すごい大学だと思います。変わったとしたら世の中の方で、世の中がSFC化したのではないでしょうか。どの大学もAO入試や起業を奨励するようになりました。1990年当時はSFCだけが行っていたことに、世の中がようやく追いついてきたのかもしれません」

「これからSFCは何をやっていくのか考えないといけないと思っていた時に、コロナが来て、オンラインキャンパスをどうつくっていくかという新しいテーマができました。また、SFCができた後に東京一極集中が進み、『SFCは遠いね』と言われてきましたが、コロナ以後は、人が都市から郊外へと引っ越す動きがあり、『SFCの立地』に関する意味が変わろうとしています。集中から分散へ、という流れの中で、再びSFCのリーダーシップが必要とされていると思います」

――SFCは他大学とどう違いますか?

「他大学と比べると、教員と学生の距離の近さという点で、次元が違うように思います。慶應義塾の創立者、福澤諭吉の『教える者と学ぶ者が同列にある』という教えを体現しています。また、職員と教員が一緒になって新しいことをやろう、始めようというスピーディさは、他大学の比ではないのではないでしょうか」

前総合政策学部長の河添健氏は、昨年の慶應義塾評議員会で、「SFCを慶應の特区に」と要望し、出席した評議員たちに強い印象を残した。

「長谷山彰塾長から『評議員会でSFCの将来について話してほしい』と言われ、『SFCを慶應の特区にしてほしい』と言いました。定年、給与制度、人事などで慶應義塾の法人のしばりを外してほしい、SFCは実験キャンパスなので、今後もいろんなことをやっていく、独自にさせてほしい、と発言しました」

SFCの現状について、河添氏はこう見ている。

「SFCはもっともっとすばらしくならなければいけません。2013年に学部長になった時、SFC の使命はもっと上になることだと思って、やってきました」

河添氏が今後の課題として挙げるのは、①英語による授業や留学生を増やすなどグローバルキャンパスの取り組み、②AO入試の充実、③教員人事・評価・給与体系などの多様化、である。

――今も慶應の主流は三田で、SFCは亜流という見方がありますが。

「SFCが慶應の大きな柱になっているという自負はあります。学内に『SFCは慶應から独立した方がいい』という意見があるのは聞いていますが、二本柱でいいのではないですか。独立するには、まだグローバル化もできていないし、力不足です。これから30年の課題です」

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