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YouTube授業で再注目の小島よしおさん 千葉市立稲毛高校 受験勉強で生きた野球部経験

2020.08.13

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中村 千晶
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「そんなの関係ねぇ!」の大ブレークから13年。お笑い芸人の小島よしおさんが再び注目を浴びています。YouTubeではじめた小学生向けの授業「おっぱっぴー小学校」が大人気。実は早稲田大教育学部出身、という経歴の持ち主でもあります。どんな高校時代を送ったのでしょうか。

小島よしおさん

話を伺った人

小島よしおさん

お笑い芸人

(こじま・よしお)1980年、沖縄県久米島町生まれ、千葉市稲毛区育ち。早稲田大教育学部国語国文学科卒業。芸人としてテレビなどで活躍。YouTubeの「小島よしおのおっぱっぴーチャンネル」が、子どもたちの間で大人気。最新刊の「小島よしおのとけいドリル」、歌付き動物絵本「べろべろぶりぶり」(ともにワニブックス)が発売中。

甲子園を目指した高校時代

――どんな子ども時代を過ごしましたか?

生まれたのは母の故郷、沖縄県の久米島です。里帰り出産みたいなもので、生後半年くらいですぐに父のいる千葉に戻りました。父はずっと千葉で選挙に出ていたんです。6回も落選しているのですが、楽観的な人で全然へこたれない。「人を一番救えるのは政治だ」と、よく言っていました。でも家計は大変だったみたいです。母はウコンやコーヒー豆を販売して、最終的には久米島で喫茶店をやって家計を助けていました。

両親とも忙しかったからか「勉強しなさい」と言われたことはほとんどなかったですね。小学校では算数が得意でした。小3のとき自分から「公文がやりたい」と頼んで小6まで通ったんです。計算が速くなって学校で「プリントができた人から帰っていい」というときに早く帰れると、みんなに「お~」って言われる。それが気持ちよくて続けていました。

――高校時代は、投手として甲子園を目指していたそうですね。

2歳上の兄の影響で小1から野球を始めて、高校時代は野球一筋でした。でも高1の夏に試合で暴投が続いて、投げるのが怖くなってしまったんです。大事な場面で筋肉が硬直して腕が振れず、ボールを地面にたたきつけたり、まったく違う方向に投げてしまったり。いま考えると運動障害「イップス」だったんだと思います。

ただ当時はそれほど深刻に考えてなかったんです。イップスという言葉を知らなかったのがよかったのかもしれません。精神的なものだとわかると落ち込んだかもしれないけど、「努力不足かも」「フォームが直れば投げられるはず」と練習を続けて、「お前ホントにコントロール悪いよなあ」と言われながら、それでも楽しく試合にも出ていました。楽観的なところは父譲りでしょうね。けっこう本気でドラフトを待っていたくらいですから。野球ばっかりしていたので成績はめちゃくちゃ悪くなって、学年400人中、いつも300番台後半でしたけど、とにかくなにをするにも野球部と一緒で、高校時代は楽しかったですね。

小島よしおさん
高校時代の小島さん(本人提供)

――野球以外での思い出は?

目立ちたがり屋なので、学園祭で当時流行っていた「ねるとん」をまねてそのMCをやったり、卒業式で歌う予定にはない「巣立ちの歌」をこっそりみんなで練習して、式の途中で「ちょっと待ったあ!」と壇上にあがって合唱したり。いつも盛り上げ役で、自分で言うのもなんですけど割と人気はあったと思うんです。でも女子には全然モテませんでした(笑)。同じ子に5回くらい告白して全部ダメで、野球部のみんなになぐさめてもらいました。

勉強を始めたのは浪人してから

――早稲田大進学は、どのように成し遂げたのですか?

高3の冬に「プロはないな」と野球の道をあきらめて、目立つのが好きだったから芸能プロダクションに登録しようと思ったんです。でも母が反対して「とりあえず大学は行きなさい」と。だから勉強を始めたのは浪人してからです。

まずは早稲田の赤本を何度も何度も繰り返して解きました。最初はボロボロの点数だけど、何度もやると当然点数はよくなりますよね。それが自信になって、勉強への集中力もついてきた。政治経済と英語と国語が受験科目だったので、前半は暗記に徹しました。『お風呂で憶える英単語』とかも使いました。

小島よしおさん
撮影/小黒冴夏(朝日新聞出版写真部)

ただ性格的に4月から集中すると、10月にはへばっちゃうなと思ったんです。逆算して8月からスタートすれば一番いい状態で入試に持っていけるんじゃないかと。8月まではバイトをして自分のお尻に火をつけて、その後は1日16時間くらい勉強しました。お金がなかったから予備校は単科講座しか取れなかったんですが、自習室が使えたので朝は自習室、午後は図書館、と4時間ごとに場所を変えて気分転換をしていました。

いま思うと勉強の仕方にもどこかスポーツのコンディショニングみたいな感覚があったかもしれないですね。高校の野球部の監督から「相手チームの実力が8で自分たちが6でも、本番で我々が6の力を出せて、相手チームが5しか出せなかったら勝てるんだ。だから6を出しきるためにコンディションを持っていくことが大事だ」と教わりました。そういう考え方がどこかに残っていたのかもしれないです。

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