慶應SFC30年、立命館APU20年――日本の大学をどう変えたか

APU編①◆学長は有名人

2020.08.24

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中村 正史
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この30年の日本の大学に大きなインパクトを与えたのは、「大学改革のモデル」と言われた慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)と、学生・教員の半数が外国人という立命館アジア太平洋大学(APU)だろう。奇しくも今年、SFCは30年、APUは20年を迎える。両大学は日本の大学をどう変えたのか、そして現在も開設当初の理念は受け継がれているのか、連載で報告する。
2000年代以降、大学も企業もグローバル化が急速に進み、グローバル教育が求められるようになったが、その先陣を切ったのがAPUである。その後、各大学が国際系の学部を次々に開設し、その動きは今も続いている。その現在とは、そして卒業生たちのその後は――。(写真は留学生たちに囲まれる出口治明学長=APU提供)

出口学長になって志願者が急増した 

2000年に立命館アジア太平洋大学(APU)が開学した時、立命館大学や大分県の関係者は大騒ぎだっただろうが、東京のメディアは比較的冷淡だった印象がある。慶應SFCが1990年に開設された時、「大学改革のモデル」とメディアが持ち上げたのとは対照的だった。

私自身、外国人留学生が半分いて、地方都市である大分県別府市の高台にあって、うまくいくのだろうかと懐疑的だった。当時、18歳人口が急減していく中で、一部の地方大学が学生獲得のために中国人留学生を多数入学させ、さまざまな社会問題を引き起こしていたことも頭にあった。今回、APU20年を取材して、APUが開学時から欧米の大学への留学を考えている海外の学力上位層の受け皿になろうとしていたことや、卒業生たちのその後の活動を知り、自分の不明を恥じるほかない。

私がAPUに注目するようになったのは、編集長を務めていた「大学ランキング」の「学長による評価」で、APUの卒業生が出始める頃から評価がどんどん上がっていったことからだった。この評価は、全国の学長に「教育面で評価している大学」をアンケート調査したものだが、APUは早くも2004年版に8位で登場した後、ずっと上位を維持し、最近では5~6位が定位置になっている。

2010年代前半には「グローバル5大学」が発足し、国際教養大学、国際基督教大学(ICU)、上智大学、早稲田大学、APUが連携協定を結んだのが、国内の大学でのAPUの立ち位置を表しているといえる。THE世界大学ランキング日本版の最新版では、国際性で国際教養大学に次いで2位である。

APUは現在、どれくらい知られているのだろうか。受験生、ビジネスパーソンなど立場によって違うだろうが、外国人留学生が50%ということのほか、最近だと、最も知られているのは、「学長が出口治明さん」ということかもしれない。

日本生命を退職してライフネット生命保険を創業した出口氏は、膨大な読書量に裏打ちされた希代の教養人として知られ、著書やメディアでの露出も多い。教育界とは縁がなかったが、開学20年を控えてAPUが導入した学長の国際公募に推薦されて、2018年1月に4代目の学長になった。

学生たちに取材すると、「出口学長になって、大学の知名度が上がった」と感じているようだ。親から「出口さんが学長だから受けてみたら」と勧められて受験、入学した学生がいるとも聞いた。

実際に国内学生の志願者は2017年度入試では約2500人だったのが、出口氏が学長になった18年度入試から増え、19年度は約5200人(募集定員660人)で開学以来、最高になっている。

「18年度入試は17年中に行ったAO・推薦の志願者が増えていたことがあるが、19年度は明らかに出口学長が露出した効果です。2年連続、急増したことで、20年度は難しくなると避けられたのか、少し減りました」と学内関係者は言う。 

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