ハイスクールラプソディー

タレント・優木まおみさん 佐賀県立致遠館高校 実家の中華料理店の一角で勉強三昧

2020.08.27

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橋爪 玲子
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佐賀県で生まれ育った優木まおみさん。家族と一緒に勉強する時間がとても心地よかったそうです。

優木まおみさん

話を伺った人

優木まおみさん

タレント

(ゆうき・まおみ)1980年生まれ、佐賀県出身。佐賀県立致遠館高校を卒業後、東京学芸大教育学部小学校教員養成課程国語選修卒業後、タレントに。バラエティー番組や女性誌のモデル、ピラティスインストラクターとしても活躍中。2013年に結婚し、14年に長女、17年に次女を出産。

アナウンサーに憧れて

――どんな高校生活を送りましたか?

高校1年のとき両親から「お金がないから、国立大学しか行かせられない」と言われました。実家は佐賀で中華料理店をしていたのですが、学費や寮費が安い国立大なら進学してもいいと言われました。

私が大学進学をめざしたのは、テレビのキー局のアナウンサーになりたいという夢があったからです。中学生のころ、テレビでアメリカのクリントン大統領にインタビューする女性キャスターの姿をみて、かっこいいなと憧れました。アナウンサーになるためには東京の大学に行くのが一番の近道だと思っていました。

私が通っていた県立致遠館高校は、新しい学校で私のときで8回生ぐらいでした。それぞれの能力を伸ばすということに力を入れている学校で、勉強第一の厳しい学校でした。授業は8、9限目までありましたし、補習授業もたくさんあり、取りたい人は受けることができました。学校が手厚く指導してくれたので、塾には行かず学校での学習だけで勉強三昧の高校生活でした。

――受験勉強はどのようにしていましたか?

子どものころから私はずっと両親が働いているお店の一角に場所をとって、そこで勉強をしていました。高校生になってもそれは変わりませんでした。小さいころから勉強をみてくれるのは親。父は知識欲がとても旺盛なタイプだったので、私が勉強していると「それはどうやってやるの?」と興味を示してくれて、一緒に学んでいく感じでした。

両親は高校しか出ていないので、大学受験の勉強ともなると勉強の内容がわからなくなってきましたが、父は興味津々に「それはどうやるの?」と聞いてきてくれるので、私自身も父に教えることで、より理解が深まっていきました。人に教えるくらいまでになるには、知識も相当深まっていないとだめなので、これはいい受験勉強になったと思います。また、なるべくかみ砕いて説明する力も養われました。

高校時代に母親とお店で(本人提供)
高校時代に母親とお店で(本人提供)

お店で両親がみえるところで勉強をするのが、私にとって一番ほっとする場所でしたし、ガチャガチャしている環境のなかで、すっと自分の目の前のことに集中するくせもつきました。あとになってからですが、受験会場で周りの音が気になって集中できなかったという話を聞くと、静かな環境で勉強するだけでなく、ちょっとうるさいところでも勉強することに慣れるのも受験対策のひとつかもしれません。

志望校は国立大にしぼって全教科をまんべんなく勉強しました。私は結構、国立大向きだったんですよね。いまでもそうなのですが、得意なことが抜きん出ていないけど、なんとなくバランスよく全部できるタイプ。そのなかでも若干、国語が得意だったので、東京学芸大で国語教育を学ぶことにしました。

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