慶應SFC30年、立命館APU20年――日本の大学をどう変えたか

APU編⑨◆出口治明学長インタビュー(上)「地域開発と観光の新学部を2023年に開設」

2020.09.11

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中村 正史
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この30年の日本の大学に大きなインパクトを与えたのは、「大学改革のモデル」と言われた慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)と、学生・教員の半数が外国人という立命館アジア太平洋大学(APU)だろう。奇しくも今年、SFCは30年、APUは20年を迎える。両大学は日本の大学をどう変えたのか、そして現在も開設当初の理念は受け継がれているのか、連載で報告する。
2000年代以降、大学も企業もグローバル化が急速に進み、グローバル教育が求められるようになったが、その先陣を切ったのがAPUである。その後、各大学が国際系の学部を次々に開設し、その動きは今も続いている。その現在とは、そして卒業生たちのその後は――。(写真は、APUのこれからを語った出口治明学長=APU提供)

ウィズコロナとアフターコロナは時間軸を分けて考えるべき 

APUは2000年代に入って急速に進んだ日本社会のグローバル化を追い風に、グローバル教育の先導者として日本の大学を牽引してきた。この連載で見てきたように、卒業生たちの活動とネットワークは世界中に広がっている。20年を迎えたAPUが直面しているのが新型コロナである。この非常事態をどう乗り切り、次の10年につないでいくのか。出口治明学長にインタビューした。

――国際学生はどれくらい別府に戻っていますか。

国際学生約2900人のうち、1000人を超える学生が日本に(再)入国できません。うち600人強は春休みで帰国した学生、400人強が新入生です。9月18日が卒業式、25日が秋入学の入学式で、10月5日から秋セメスターの授業が始まります。

8月5日から留学生の再入国が始まりました。私立大学連盟や国立大学協会も文部科学省に要望書を出しています。APUは国際化が一番進んだ大学なので、コロナ禍では一番ダメージを受けます。ダメージを受ける大学が頑張らなきゃいけないと、僕も政府にいろいろとお願いに行きました。これが上期の一番大変な仕事でした。

――新型コロナの影響は国際系の大学が最も受けそうです。

ウィズコロナとアフターコロナでは時間軸を分けて考えないといけません。ウィズコロナの時代は、ステイホームが原則です。少し下火になれば、マスク、手洗い、ソーシャルディスタンスの3点セットで出かけるニューノーマルになる。アフターコロナの時代は治療薬やワクチンができて、インフルエンザ並みのレベルになります。当面はステイホームとニューノーマルを行ったり来たりしますが、ステイホームが基本なので人は移動しないということです。

そうなるとAPUは二重の意味でダメージを受けます。学生の半分が留学生なので日本に帰ってこられない、入国できない。さらにAPUは九州出身者が3分の1しかいません。国際的にも国内的にもダイバーシティが一番進んでいるAPUが、一番ダメージを受ける。政府に再入国を働きかけるのが僕の一番の仕事の一つであることは明白です。

――その通りですね。出口学長がそんなに動いていたとは知りませんでした。

ニューノーマルはウィズコロナの時代に限定されます。ウィズコロナの時代とアフターコロナの時代は戦略が違います。しかし、アフターコロナになっても元には戻りません。人間は怠け者なので、便利さに慣れたらそれを手放しません。リモコン効果を知っていますか? テレビのリモコンが出てきた時、ほんの1、2メートル手を伸ばせばチャンネルを回せるから、普及するとは誰も思わなかった。しかし、あっという間にチャンネルは消えました。Suicaもそうです。テレワークやオンライン授業の便利さに慣れたら、もう手放しません。

【文中写真】キャンパスと別府市街
高台にあるAPUキャンパスを学生たちは「天空」と、別府の街を「下界」と呼ぶ=APU提供

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