慶應SFC30年、立命館APU20年――日本の大学をどう変えたか

APU編⑩◆出口治明学長インタビュー(下)「次期学長公募に僕が応じた理由」

2020.09.14

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中村 正史
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10年を展望したマイルストーンを置くのが僕の仕事 

――フロントランナーということで言えば、この春以降、日本の大学が新型コロナで未曽有の事態に直面している中で、APUの存在感がもっとあっていいと思いました。

卒業式と入学式をしないことを決めたのはAPUが一番早かったし、オンライン授業にすることを決めて2月にZoomと契約したので、これも一番早かったと思います。学生への支援は、卒業生と教職員がすぐに「APU Hands」という団体をつくって食糧支援を行いました。大学だけではできることが限られているので、大分県と別府市に働きかけて、特別奨学金やアルバイトのあっせんをしてもらい、政府にも働きかけました。学長としてはこの半年間が一番忙しかったです。

――オンライン授業を含め、学生や社会にメッセージを出すなど、APUがもっと前面に出てもよかったのではないかと思います。

大学がやるべきことは、まず学生を助けることです。学生には食糧に加えて、すでに4億円以上のお金を配りました。向こう受けするメッセージを出すよりも、オペレーションを回すことのほうがはるかに大事だと考えています。

一番困ったのは2月末に全国一斉に小中高が休校になったことです。開学して20年のAPUの職員の平均年齢は40歳ちょっとで、小さい子どもがいる人が多い。3月は大学が最も忙しい時なので、子連れ出勤を認め、会議室を開放して子どもが遊べる部屋をつくりました。

こういうことはあまり報道されませんが、いろいろと学生を支援するチャレンジを行っています。フロントランナーとして何よりも大事なのは、学生の満足度が高いかどうかです。

――APUの課題をどう考えていますか。

一つは、APUの存在が首都圏ではまだあまり知られていないことです。ある調査によると、首都圏での認知度はまだ40%くらいです。APUがやっていることをもっと知ってもらうことが必要です。

二つ目は、教育と研究の質をいかに充実させていくかということ。これはどの大学でも一番の課題です。APUでは先に述べたように、国際認証を取得することをテコに進めていきます。

三つ目は、これからの10年を展望したマイルストーン(里程標)を置いていくことで、これが僕の仕事です。APUは20周年を迎えて成人になり、独り立ちできるようになったので、これまでは2学部でやってきましたが、新しい学部をつくる準備を進めています。当然、新しい建物やAPハウスの増設も必要になってきます。ソフト、ハード両面で成人になることが課題です。

【文中写真】春卒業式
APUの卒業式。卒業生たちは世界に散っていく=APU提供

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