中高受験 男子校・女子校という選択
別学と共学、学力を伸ばすのはどっち? 「『学力』の経済学」の中室牧子さんに聞く
2020.10.12

男子校・女子校と共学、学力アップに効果があるのはどちらなのでしょうか。ベストセラー「『学力』の経済学」で知られる慶応義塾大の中室牧子教授に、国内外の研究結果を踏まえた見解を聞きました。
なかむろ・まきこ/1998年慶応義塾大卒業。米ニューヨーク市のコロンビア大で博士号を取得(Ph.D.)。日本銀行や世界銀行などを経て現職。専門は教育を経済学的な手法で分析する「教育経済学」。著書は、発行部数累計30万部のベストセラーとなった「『学力』の経済学」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)や、「『原因と結果』の経済学」(津川友介氏と共著、ダイヤモンド社)など。
別学の効果が大きいのは女子
国内の高校のうち男子校・女子校は10%にも満たないのに、東大合格者を学校別にみると、上位には男子校・女子校がズラリと並びます。しかし、この結果だけをもって「別学のほうが学力が高くなる」と言い切ることはできません。もともと学力の高い子が別学を選んでいる可能性があるからです。
共学と別学のどちらで学力が伸びるかを調べるには、同じくらいの学力を持っていた人が共学と別学に進学した後、どのような差が生じたかを比較する必要があるのですが、そのような条件がそろう状況はなかなかありません。その点で昨今注目を集めているのが、韓国・ソウル市内の11の学区にある68男子高校、60女子高校、68共学高校に在籍する約9万人を対象に、米ペンシルベニア大のパーク教授らが行った2013年の研究です。ソウルでは、受験戦争が過熱したことへの反省から、2009年以降、中学校を卒業した生徒たちの進学先の学校は完全に抽選で決定されることになりました。つまり、学区内の高校には別学・共学だけでなく、公立・私立の別もありましたが、いずれにせよ、生徒たちは自ら進学先を選択することはできなくなったのです。この状況を利用し、共学と別学の影響を比較したところ、男女ともに韓国版の大学入試センター試験・大学入学共通テスト(大学修学能力試験)の点数は、別学の生徒のほうが共学の生徒よりも高いこと、別学の生徒のほうが大学進学率は高く、中でも4年制大学への進学率は高くなっているのに対して、2年制の短期大学への進学率は低くなっていることもわかりました。。
別学の効果は女子のほうが大きいことを示す研究も複数発表されています。イギリスのエセックス大で、大学の初年度に行われる経済学の授業を受講する学生を、「女子のみ」「男子のみ」「男女混合」という3つのクラスにランダムに振り分けたところ、「女子のみ」のクラスの学生は「男女混合」のクラスの学生よりも偏差値が2.5も高く、1年目の経済学の単位を取る確率が7.7%も高かったことが示されました。しかも、1年目に女子のみのクラスに振り分けられた学生は、大学を退学する確率が57%も低く、イギリスの教育システムの中でトップランクに位置する学位を取得する確率が61%も高かったのです。一方「男子だけ」のクラスは、「男女混合」のクラスと差はありませんでした。
どうして、男女別のクラスの方が、女子が実力を発揮しやすいのでしょうか。それは男性は女性に「マウント」しようとするからではないか、という説もあります。このことを考える時に、2018年に西南学院大学の山村英司教授らが日本の競艇のデータを用いた研究は興味深いものです。ご承知のとおり、競艇は競馬や競輪、オートレースなどと並ぶ日本の公営競技の1つで、プロの競艇選手たちによって行われます。この競艇には、男女のプロ選手がおり、山村教授らの論文によれば、約13%が女性ですが、彼らは男性の選手となんら区別されることなく試合に出場します。つまり、男性選手と女性選手は同じ条件の下で、男性選手のみのレース、女性選手のみのレース、男女両方の選手が混合のレースにランダムに振り分けられます。山村教授らの分析によれば、女性選手のタイムは、競争相手が全員女性選手だった場合よりも、競争相手に男性選手が含まれていたときのほうが遅くなることがわかったのです。一方で、男性は、競争相手が全員男性選手だった場合よりも、競争相手に女性選手が含まれていたときのほうが早くなっていました。しかも、競争相手に女性選手が含まれていたとき、男性選手は、ルール違反と認定されるリスクがあるにもかかわらず、レーンを変更するなど、より攻撃的な戦略を取っていることも明らかになりました。
しかし、ここで敢えて強調しておきたいと思います。私は、韓国のデータを使った研究成果が、「別学か、共学か」論争の決定版だと考えているわけでもなければ、ましてや全ての学校を別学にしたほうがいいという主張をしたいわけではありません。最近の質の高い研究の結果をまとめると、別学のほうが共学よりも学力が高いものの、その差は決して大きくはないことを示しています。つまり韓国以外の国でも同じことが言えるかどうか、そして別学であることが学力や学歴に与える効果があるにしても、それが十分に大きいのかどうかはまだ研究の途上にあると言えるでしょう。また、学力や学歴以外への影響も考えれば、一概に別学の方がいいとは言えません。それよりは、別学の方が共学よりも学力が高くなることを示した研究があることを踏まえ、何故そのような結果になったのかという考察をし、自分のお子さんが向いているのはどちらかを判断する時の材料にすることが重要でしょう。