ハイスクールラプソディー

米中で映画出演、俳優・水原碧衣さん 岐阜高校 「優等生が劣等生に」が心地よかった

2020.10.15

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橋爪 玲子
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昨年アメリカで大ヒットし、現在日本で公開中の映画「フェアウェル」で唯一の日本人キャストとして出演した俳優の水原碧衣さん。現在は主に中国のドラマや映画で活躍しています。そんな国際派俳優の水原さんは京都大卒。どんな高校時代だったのでしょうか。

水原碧衣さん

話を聞いた人

水原碧衣さん

俳優

みずはら・あおい/岐阜県出身。県立岐阜高等学校を経て、京都大法学部を卒業。その後早稲田大法科大学院を休学し、中国の有名な映画監督や多くのトップスターが輩出する北京電影学院演技科を卒業。現在は中国を拠点にバイリンガル俳優として活動中。世界人口の上位2%のIQをもつ人だけが加入できる国際組織「メンサ」の会員でもある。

気楽に過ごせた高校時代

――どんな子どもでしたか?

子どものころからずっと俳優になりたいと思っていました。幼少期に中国に住んでいたこともあり、ジャッキー・チェンが大好きでよく映画も見ていました。

私は親の仕事の関係で転校が多く、内気な子でした。小中学校の転校生活の中で一番の悩みが、成績にまつわることでした。中学まで成績はずっとクラスで1番でしたし、学年でもトップクラスでした。転校してすぐのテストで高得点をとると、いきなり悪目立ちして「がり勉」のイメージが付いてしまう。仲良くなる前のクラスメートからの「テスト何点だったの?」とか「どれくらい勉強しているの?」といった質問に対して、「そんなにしていないの」といえば嫌みに取られるし、素直に点数をいっても「やっぱり違うよね~」とちゃかされてしまう。どう答えても私の意図とは違う受け取られ方をしてしまうのがとても嫌でした。

――理系から文系に変更したそうですね。

優等生だった私が劣等生になったのが、高校時代です。入学した岐阜高校は進学校だったので、各中学のトップレベルの子たちが集まります。その中で私の成績は400人中300番台。今まで優等生といわれることにプレッシャーを感じていた私は、誰の目も気にせず、気楽に過ごせることがとても心地よく感じました。とはいえ、さすがに高校3年生になるとそろそろ受験勉強に本腰をいれないといけません。私は、医学部を目指していました。私の親は幼いころから厳しくて、親からは医師か弁護士か公務員のような職業に就くことをすすめられていました。その中で一番興味があったのが医師だったのですが、私は実は理系科目が苦手でした。また勉強スタイルもコツコツ型ではなく、一夜漬け型で試験の直前に教科書をバーッと丸暗記する短期の暗記が得意でした。でも受験勉強はコツコツと積み重ねることが大切ですよね。コツコツと勉強することがだんだんとストレスとなっていたうえに、親から国公立の医学部しかダメと言われて、さらに医学部へのハードルが高くなっていきました。

水原碧衣さん
写真/加藤夏子(朝日新聞出版写真部)

センター試験が3カ月後に迫った時期です。医学部へ入れば、今の苦労も報われて明るい未来が待っていると思っていた私に、友達が「医学部にさえ入ってしまえばそのまま楽に医者になれると思っているでしょう。それは大間違いだよ」というんです。そして「医学部は入ってからのほうが今よりももっと大変だからね」と。その瞬間私の心はポキッと折れ、医学部への進学はやめ、文系の学部を目指すことにしました。

――勉強方法など独自のやり方はありますか?

化学が苦手だったんですが、化学の先生が授業で、元素記号を全部恋愛にたとえて教えてくれました。元素と元素の化学反応を恋愛したらこうなるぞ、と。それぞれの元素を擬人化してくれたことで、化学を嫌いにならずに学べました。この授業は私が自分で勉強する中でもとても参考になりました。私は暗記が得意なのと、絵を描くのが好きだったので、先生のようにポイントを物語にして、キーワードが一目見てわかりやすいように絵にしてまとめていました。あとは試験開始のギリギリまで教科書を閉じない。1つでもいいから単語を覚えようと最後まであきらめないことです。

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