コロナ時代の「留学」

集団殺害の歴史の展示、体験者の証言……ルワンダから生中継でフィールドスタディー

2020.10.19

author
上野 創
Main Image

アフリカのルワンダから、スマートフォンで現地の様子を生中継してもらい、学生が自宅のパソコンやスマホで見ながら学ぶ――。そんな授業を、立教大学の小峯茂嗣助教が9月末にかけて試みた。現地へ行かないで、どのように海外でのフィールドスタディーを実現させるのか。学生たちはバーチャルな体験学習から何を感じたのか。(写真は、ビデオ会議システムZoomで学生たちがジェノサイド体験者の女性の話を聞いている場面)

何を学びたい? 事前授業でクリアに

授業は異文化コミュニケーション学部の3年生4人が、オンラインで参加した。いずれも海外の留学経験などで英語でやりとりする力があるが、ルワンダについて学ぶのは初めてという。

学生たちはまず、8月に2回の事前授業で基礎知識を学んだ。ルワンダでは、内戦後の1994年、多数派のフツ族が少数派だったツチ族を襲い、80万~100万人が虐殺されたジェノサイド(集団殺害)が起きた。多くの女性が性被害に遭い、望まぬ妊娠やHIVの感染も増えた。事前授業では、そうした凄惨な出来事とともに、ジェノサイド後の裁判や、政府により治安維持を優先する政策が実行されてきた点、IT技術や農業、ゴリラを見るツアーといった観光産業の振興で、近年は経済成長が続いて世界的に注目されていることなどを教わった。

同時に学生たちは、小峯さんが以前、現地の住民にヒアリングした内容から、ジェノサイドの被害者側と加害者側の心理的な融和が完全に達成されたわけではなく、心の奥底の傷が癒えていないことも学んだ。現在のカガメ大統領のリーダーシップにより平和が保たれているが、政権批判などはタブーという雰囲気があり、ジェノサイド当時の体験を自由に語れる雰囲気はないという。また、近隣で暮らしていた者から家族や知人を殺害された遺族の心の傷も残っている。加害者の家族らが近くに住み続けているケースもある。

「現地とのやりとりの際、聞きたいことを尋ねるのは良いが、相手の気持ちを考えて、いきなり質問をぶつけるようなことは避けてください」と小峯さんが注意をうながした。

事前授業で、学生はそれぞれ、ルワンダについて何を学びたいかという点を絞って発表した。「教育現場でジェノサイドがどう扱われているか」「都市でなく田舎の復興の状況と、水の確保をめぐる問題」「女性の地位向上や、学校での男子・女子への教育について」などを挙げていた。女性の社会進出については、ルワンダは国会議員の半数以上が女性で、世界経済フォーラムによる「世界ジェンダー・ギャップ指数」のランキングでは「格差が少ない国」の9位(日本は121位)。学生のひとりは、実際はどうなのか、日本が参考にできる点はあるのか、現地の女性の声を聞きたいと表明していた。

被害者の衣類や骨の展示 ガイドの慎重さからも学び

9月に入ると、いよいよ現地からの配信を見ながら学ぶ授業が始まった。生中継を担当したのは、首都キガリ在住の竹田憲弘さん(31)。青年海外協力隊員として現地で活動したことをきっかけに、ルワンダで日本人向けツアーガイドをするようになり、ブログやSNSで発信も続けている。旧知の小峯さんから依頼を受け、4回にわたり、スマホとWiFiの回線で現地の映像を学生たちに届けた。

同時中継授業の1回目、学生たちは映画「ホテル・ルワンダ」の題材となったホテルの様子や、敷地内に建つ犠牲者のモニュメントとともに、キガリの街の光景を見た。近代的なビルや清掃の行き届いた舗装道路、しゃれたカフェといった様子から、「アフリカの奇跡」と言われる経済成長と都市の発展を実感していた。市民がよく使うというバイクタクシーの支払いが、キャッシュレスに移行しつつある状況も紹介された。

新型コロナウイルスの感染予防のため、街中のあちこちに手洗い用の水が用意され、行き交う人たちがマスクをしている様子も見られた。街はにぎわい、多くの店が開いている。

2回目は、首都から車で1時間ほどのニャマタという町にある資料館「ジェノサイド・メモリアル」へ。英語で説明する現地の女性ガイドの言葉と館内の様子を竹田さんが中継したが、ジェノサイドを生き延びた体験者でもあるガイドが予定していた人と変更になり、当日になって「顔は写さないで」と言われるというハプニングもあった。

ここは元々、キリスト教の教会で、26年前の集団殺害の際は、避難してきたツチ族の住民たちが大勢、殺害された現場だ。スマホのカメラを通して、ひしゃげた金属製の扉、銃弾によって天井に無数に空いた穴などが写り、ナタで切られ血がしみこんだままの犠牲者の衣服の展示も見ることができた。赤ちゃんや子どもの服、足が不自由な人が使っていた装具などが並べられている光景もはっきり見えた。

2階には虐殺されたツチ族住民の頭蓋骨が数十柱、ガラスケースの中に並んでおり、陥没、破損しているものもあった。また、敷地内には地下室があり、犠牲者の骨を入れた棺が置かれていた。女性ガイドが説明する声は、通信回線の不具合で聞こえづらい場面もあったが、スマホのマイクを通してでもおおむね聞き取ることができた。ただ、顔が写っていないので表情などは分からない。

ガイドへの質疑の時間もあり、学生たちは集団殺害の行為は一気に広がったのかという点や、どういう人が見学に来るのか、現地の人も訪問するのか、犠牲者を追悼する4月7日をどう過ごすか、棺の中の犠牲者はどういう人か、などについて質問した。ジェノサイド前後で女性の権利がどう変化したと思うかと尋ねた学生もいた。

女性ガイドは一つひとつ答えていたが、自分自身の体験や意見については反応が違った。「答えられない」「話したくない」などと言って口をつぐむ。竹田さんによると、表情もこわばっていたという。記念館は政府の施設で、女性は公務員という立場でもあり、「自分の話をするには上司の許可が必要」と語った。

中継が終わった後、学生たちは感想を話したが、顔を写させなかったり回答を拒んだりしたことの印象が特に強かったようだ。

「(展示品の中継で)画面を通しても生々しかった。答えたくないという答えから深刻さが伝わった」「施設のガイドですら、ああいう質問には答えづらいのは、それだけ悲惨な歴史なのだと感じて心が痛んだ」「頭蓋骨とか現地で実際に見たらもっと怖かったと思う。オンラインでも伝わるものがあり、ちゃんと学ぼうと思った」

沖縄出身の学生は「地元でも、戦争体験を一切、話さない人と、子どもたちに伝えるために学校などで話す活動をしている人に分かれる。話したくないという言葉に、経験者のリアリティーを感じた。上司の許可が必要というのは日本と違うなと思った」と語った。

新着記事