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「文理分けは日本だけ」は本当か? 隠岐さや香・名古屋大教授に聞く

2020.10.21

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中村 正史
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関西の進学校を中心に、理系志望がこれまで以上に増えています。最近はAI(人工知能)やデータサイエンスが注目され、子どもを理系に進ませたいと考える保護者もいます。文系、理系に分けるのは日本だけと言われますが、本当でしょうか。どのような歴史的経緯で現在の枠組みができたのでしょうか。科学史が専門の隠岐さや香・名古屋大学大学院教授に聞きました。(写真は、女子の理系進学を後押しするため、立教大学理学部が女子中高生向けに開いたチャレンジラボ=2019年9月)

学問分野として理系の人気が高まっているわけではない

――文系、理系の概念に最も影響を与えたのは、官僚制度と中等教育だったと、著書の中で指摘されています。

すべての分野を「文」「理」と二分類する表現が明確に見られるのは、大正初期の1910年代です。第二次高等学校令(大正7年=1918年)には、「高等学校高等科ヲ分チテ文科及理科トス」との文言があります。文科は法、経済、文学、理科は理、工、医です。これ以降、大学入試の準備段階で文系、理系志望に二分する方式が定着します。背景には、日本の大学が法と工学の実務家養成を目的につくられ、そのための選抜機関として機能したことがあります。

ただ、戦後すぐまでは、今のようには分かれていませんでした。1970年代に高校生が増え、受験戦争が激しくなって、文理分けが顕著になりました。大学受験を経ないと、文理分けは強まりません。

――海外とは学問の位置づけが違うのでしょうか。

国によって学問のヒエラルキーの感覚が違います。日本では医学部の人気が高いですが、中国では医者になりたがりません。医者は手を汚すというイメージがあるのです。中国では、その時の花形の分野を目指します。今なら情報工学や物理です。途上国は実学に力を入れることが多いのですが、共産圏の中国は元々、自然科学に力を入れています。社会科学は国によって弾圧の対象になりやすいです。

物づくりの分野もヨーロッパの大学では18世紀まで低く扱われ、世界で初めて総合大学に工学部を開設したのは、日本の帝国大学(東京大学)でした。近代化を急速に進めようとした日本では工学に関心が高く、中世からの大学組織もなかったため、工学を蔑視することもなかったのです。

――日本では理工系に進む女性が少なく、以前から理工系大学の課題になっています。

人文系に女性が入っていったのは、歴史的に見れば比較的新しいことで、戦前だと数は少ないものの、女性は数学などに満遍なく散らばっていました。海外でも先進国ほど人文系に女性が増えていき、女性は文学という価値観が浸透していきます。途上国ではそこまでありません。

戦前の英国では、人文や古典は官僚になる人に必須の教養でした。今のような人文科学へのバッシングはありませんでした。やがて、ここに社会科学が入っていき、為政者層に必須の知識が変わっていきます。そうした中で人文系には女性が増えていきました。

――昨今は役に立つ理系、役に立たない文系という風潮があります。

日本ではその傾向があり、海外のように社会科学が儲かるというのは、あまり表に出てきていません。米国の統計で見ると、人文と社会科学の学位取得者の間に、所得の差がはっきりと出ています。

理系が学問分野として人気なのであれば、大学院の理系進学者が増えるはずですが、増えていません。ですから、学問として理系分野の人気が高まっているわけではありません。たとえばグーグルで活躍したいのなら、博士号を持っていたほうがいいのですが、そうなっていないのです。

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