東大生と起業

第6回◆波瀾万丈の末、たどり着いたライフサイエンスで起業

2020.11.09

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中村 正史
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中央官庁や大企業にキャリアを託してきた東大生の志向が変わってきています。起業したり、ベンチャー企業に入ったりすることが、一つの選択肢になっています。東大の起業家教育やベンチャー支援を担ってきた各務茂夫・大学院工学系研究科教授(産学協創推進本部副本部長)は「優秀な学生ほど自分の運命をどこかに託すのは最もリスクが高いと感じている」と言います(記事はこちら)。東大卒の起業家たちを取材すると、日本の変化が見えてきます。(写真は、ジェリクルの増井公祐CEO)

東大教授が開発したゲルで再生医療に革新を

ベンチャー業界で世界を相手に戦えると注目されている分野の一つが、ライフサイエンス系だ。各務教授は「日本のライフサイエンス研究者は、米国と違って3分の2が大学にいる。大学の研究をいかに事業化するかという点で、ライフサイエンスや医療まわり、薬の分野で大学が果たす役割が大きい」と話す。

東大発バイオベンチャー、ジェリクルの増井公祐・代表取締役CEO(34)は、友人と創業したITベンチャーでの挫折、世界一周旅行での強盗被害など、さまざまな体験を経て、新しい再生医療の技術を開発する同社を2018年8月に設立した。

同社の医療技術は、酒井崇匡・東大大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻教授が開発したテトラゲルを用いる。増井さんは大学院時代に酒井研究室に所属し、ゲルの研究をしていた。酒井教授は、同社の取締役を務め、会社は東大に近い文京区本郷3丁目にある。

「新しい再生医療をつくり出すのが私たちのミッションです。今までの再生医療は患者の体内から細胞を取り出し、培養して戻すものでしたが、一つの病気を治すのに莫大な費用がかかったり、培養に時間がかかる間に患者が亡くなったりするなどの問題がありました。私たちは体内にゲルを打ち込むだけで、体内で臓器や骨を再生することを目指しています」

同社はこの方法を「内因性組織再生」と呼んでいる。技術的にも概念的にもまったく新しいものである。

「酒井先生は15年くらいこの研究をしていて、世の中にないゲルを開発しました。『医療界に革新を起こしましょう』というのが合言葉です。再生医療の市場は規模が拡大すると予測されてきましたが、培養の問題が克服できておらず、その通りには拡大していません。再生医療技術の多くは海外に特許を取られていますが、内因性組織再生によって、日本の強いビジネスにしていきたいです」

社名は、gel(英語発音でジェル)とcycle(サイクル)を組み合わせた。ジェルは同社の医療技術で使われるゲル、サイクルは「ゲルを体内に直接打ち込んで、身体を治して、体内でそのまま分解する」という、今まで実現が難しかったサイクルをしっかり回そうという意味を込めている。酒井教授が自転車好きということもある。

増井さんは三重県出身。県立桑名高校から金沢大学薬学部に進み、有機合成化学を学んだ後、東大大学院の酒井研究室に入り、ゲルの研究をしていた。将来的に自分でビジネスをしたいと考えるようになったのは、この頃だ。

「最初は博士課程まで進むつもりでした。でも東大に来ると、研究室が縦割りだった金沢大学とは違い、別の研究室にも出入りでき、先輩はさまざまな道を歩んでいることを知りました。起業家教育を行う東大のアントレプレナー道場にも通い、こういう考え方をする人がいるんだと思いました。研究者は一つのことを突き詰めますが、自分は研究者よりも、何かを並行して多くつくり出すことをしたいと、博士課程に行くのをやめました」

第6回◆波乱万丈の末、たどり着いたライフサイエンスで起業
准教授から昇任した酒井崇匡教授(左から2人目)を祝うジェリクル社員ら(今年2月)。右から2人目が増井公祐CEO、その左奥が鎌田宏幸CTO、右は成田真一COO

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