発達凸凹の子の中学受験

「苦手」は特性、代替も切り捨てもあり 自分をよく知り、折り合いのつけ方探して

2020.11.27

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なないお
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この春、自閉症スペクトラムの息子が兵庫県の名門・灘中学校に合格したものの、地元の公立中高一貫校に進学したブロガーのなないおさん。発達凸凹の子どもたちの子育てについてつづります。

誰でも「苦手」を補完して生きている

子どもに発達障害があると診断されると、「これからこの子はどうなるんだろう」「どう育てていったらよいのだろう」などと不安でいっぱいになりますよね。

もちろん困っているのは本人ですが、小さい子どもの場合、大抵保護者も困り果て疲弊しています。解決の糸口を求めた末に診断にたどり着くケースが多いのではと思います。私も最初は何の知識もなく、病院行って診断されて治療すれば治る病気のようなものかと大きな勘違いをしていました。

発達障害は生まれ持った脳のタイプのようなもので、それ自体は病気ではありません。どんな人でも、多くの人とちょっと違った部分を持っていますが、発達障害がある場合はその違いが大きく、社会生活を送る上でいろいろな困難が生じてしまうのです。そのためストレスも大きく、二次障害としてうつなどの精神疾患にかかってしまう方もいらっしゃいます。

なないおさんコラム⑨1

ですので、社会に適応ができたとしてもその特性は一生あり続けるものですし、本人ができるだけ幸せに暮らしていくために、ストレスの調整を含めて、社会や日常生活と折り合いをつけていくことが目標になっていきます。

「折り合いをつける」というのはできないことをまるっきり諦めてしまうようにも取れますが、大人でも苦手なことがあれば何かで代用したり誰かにお願いしたりすることで困らないようにしていることがあるかと思います。包丁が苦手な人が梨を食べたいと思えば、ピーラーで代用する、誰かにむいてもらう、むいてあるものを買う、など誰でも何かしら苦手なことを補完しながら生きているのではないでしょうか。発達障害があると苦手なことが数多くあるので、そうした工夫で日常や社会と折り合いをつけなければならないシーンがたくさん出てくるのです。

子どもならば、今はできなくても成長してできるようになることがありますし、訓練すればできるようになるかもしれません。しかし、苦手がいっぱいあると、日常の全てを頑張り続けなくてはならなくなります。「苦手」というのは曲者で、全力を出せばできることもあるがゆえに、できないと本人の努力不足のように本人も周囲も感じてしまいます。でも、人間は全力疾走で走り続けることはできません。

どうしてもできるようになりたいことや、できなければ困るものなどはあるでしょうが、工夫や代替案で済ませられるものはそれで済ませ、切り捨てられるものは切り捨ててキャパオーバーを防ぐことも自分を守るための「折り合い」だと思っています。

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