発達凸凹の子の中学受験

学校に行けない…自分の特性と現実に葛藤 子どもたちが選ぶ道、覚悟して楽しんで見守る

2021.01.21

author
なないお
Main Image

この春、自閉症スペクトラムの息子が兵庫県の名門・灘中学校に合格したものの、地元の公立中高一貫校に進学したブロガーのなないおさん。発達凸凹の子どもたちの子育てについてつづります。

ダメな自分を受け入れられず

息子の中学受験をきっかけにここにコラムを書かせていただくようになって、今回で最終回となりました。

発達障害のある子どもの環境を整える意味で、中学受験も選択肢の一つと考える人も多くいると思います。我が家の場合は、中学受験では2人とも志望校に合格しましたが、子育てはまだまだ道半ばであり、現在もたくさんの問題を抱えています。決して何かに成功した親であるわけではありません。

「規格外」の成長をしている子どもたちに一般的な子育て論が当てはまるわけもなく、皆さん、正解のわからないまま手探りで日々対応する毎日だと思います。私もそうです。やってきたことが正解なのかどうなのか、それを判断できるのは将来の私の子どもたちだけ。それでも自分のできることを探して、良かれと思う方向に対応していかなくては日々が乗り越えられません。

2人とも思春期に差し掛かり、より一層難しくなっていると感じる日々です。改めて、子どもと自分は別の人間であり、彼らには彼らの人生があって、自分で道を選んでいくしかないことを実感しています。

とりあえずは中高一貫校に入れたので、不安定になりやすい思春期の中学3年間を内申点や受験のことを気にせず過ごせることに関しては、とても助かっています。中学受験は負荷が大きく大変ではありますが、この辺りは凸凹のある子どもが中学受験をする上での大きなメリットになるのではと思います。

子どもたちが入った学校は、運よくとても手厚く、特性のある子どもたちを理解し、寄り添ってくれています。時には小学校の特別支援学級より手厚いサポートをしてくれることもあります。学校全体が比較的落ち着いているので、先生も多少の余裕があるのかもしれません。

人がたくさん集まるところで、トラブルがないというのは基本的にあり得ないことだと思います。子ども同士のトラブルやいじめも発生しますが、学校に相談すれば素早く対応してくれ、今のところは大きな問題にはなっていません。学校には、これ以上ないというほどよく対応していただいていますが、私の子どもたちはそれぞれ特性による個人の問題を抱えており、順調に学校生活を送れてはいません。

娘の場合は、目先の楽しいことに夢中になりすぎる、切り替えができないなどで生活リズムが崩れやすく、朝から学校に行くことが難しくなっています。本人は「学校は楽しい」と言っており、行く気は満々なのですが、なかなか特性と体がついていけていない状況です。薬の調節や各所への相談など手を尽くしてはいますが、親としてできることをやった上で、後は本人が自分の問題と向き合い、現実を見て道を選んでいくしかないと思っています。

なないおさんコラム⑩2

一方、息子は小学校時代からの行きしぶりがより激しくなり、学校に行く、行かないのやり取りで心身がすり減ってしまう状況が続きました。このままでは二次的な精神疾患になりかねないと判断し、当分は不登校という選択をしました。今は落ち着いて家庭で授業動画を時折見たり、放課後等デイサービスに通ったりしています。

なぜ学校に行けないのかわからない、と本人も言っており、学校という仕組み自体になかなか適応できない性質なのだと思います。もう一つ、彼はダメなところもある自分を受け入れられず、そこで苦しんでいます。勉強はできても、生活面において同年齢の子どもに比べてできないことがたくさんあります。

息子の場合、算数オリンピックや中学受験などで実績を残しており、周りから期待の声を掛けられることも多くありました。中学校に入ってからも、嫌々書いた弁論大会の原稿がクラス代表に選ばれてみんなの前でスピーチをすることになったり、中高生対象の物理の地方大会で中学1年で1人だけ入賞して教育委員会から声がかかったり、何かと注目されることが続きました。良い結果が出ること自体はうれしいのですが、できないこともある自分とのコントラストがよりはっきりし、期待の声を掛けられることがどんどんプレッシャーになっていったようです。

幼い頃、何のために生まれてきたのか、生きる希望があまりないというようなことを繰り返し言ってきた息子に対して、何か好きなこと、楽しいことを見つけようと今までやってきました。最初に息子が意欲を見せたのが算数オリンピックに挑戦することだったのですが、得意なことをどんどん楽しんでやっているうちにいろいろな結果が出てしまい、周囲の期待を集め、だんだんと「できる自分でなくてはならない」と思うようになってしまったようです。

自閉症の子どもですので白黒思考が強く、それが強迫観念のようになってしまったのかもしれません。その一端を担いだのは親である私です。好きなことを通じて自信を持ってほしいと願ったのですが、自己肯定感とは、「できない部分の自分も含めてこれでいいと丸ごと受け止められるようになること」なのだなと、今息子と向き合いながらしみじみ感じているところです。

新着記事