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商社出身の神田外語大・宮内学長「いい卒業生を出さなければマーケットは反応しない」

2021.02.10

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中村 正史
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実業界出身の大学学長といえば、立命館アジア太平洋大の出口治明氏、多摩大の寺島実郎氏らが知られています。神田外語大の宮内孝久学長は、三菱商事副社長から転身しました。元商社マンから日本の教育はどう見えているのか、コロナ禍でグローバル教育をどう展開するのか、などを聞きました。(写真は、千葉市美浜区にある神田外語大のキャンパス)

宮内孝久

話を聞いた人

宮内孝久さん

神田外語大学学長

(みやうち・たかひさ)早稲田大学卒業後、三菱商事に入社。サウジアラビア駐在、メキシコ駐在、常務執行役員などを経て代表取締役副社長。2016年に副社長を退任し、18年から神田外語大学学長。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)協会理事、元横浜市教育委員。

「多様性と戯れる」ことを若い世代に教えたかった

――宮内学長は三菱商事の副社長から教育界に転じていますが、その間、感じていたことはありますか。

私が三菱商事に入社したのは1975年で、エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(79年刊)がベストセラーになった頃です。社内でも何でもやろうという雰囲気で、寝る暇もないくらい仕事をしました。90年頃は時価総額ランキングで世界のトップ50以内に日本企業が32社入っていました。まさに日本が肩で風を切っていた時代です。しかし、気がつけば「失われた30年」といわれるようになりました。

海外出張すると、空港のカートに入っている企業のロゴがソニーからサムスン、そしてファーウェイに変わっていきました。シリコンバレーに行くと、後にGAFAと総称される新興企業が伸びていました。

十数年前、都内の大学で講演した時に交換留学の話になったので、「10人ではなく100人にしよう」「ヨーロッパではなくインドにしよう」「衛生状態の悪い所に学生を放り込むのがいい」と言ったら、学生から全く受けませんでした。これはダメだと思いました。

GAFAなどの創業者を見ると、スティーブ・ジョブズの父親がシリア人だったり、ジェフ・ベゾスの育ての親がキューバ移民だったり、テスラのイーロン・マスクは南アフリカで生まれて母親はカナダ人だったりしています。人は多様性の中で鍛えられて育ちます。若い人たちをそうしないといけないと商社マンをしながら思いました。

ダボス会議にも出ましたが、日本の政治家はほとんど来ません。会議でドイツのメルケル首相などが話をするのですが、日本の政治家とは迫力が違います。日本は劣化したのではないか、完全に世界に遅れていると感じました。

どうすればいいのかと考えると、若い人を鍛えるしかありません。日本の大学生は世界で一番勉強しないといわれますが、学ぶことの面白さを教えていないのではないかと思いました。多様性と付き合うこと、多様性を受け入れることを伝えたいと思い、「多様性と戯れる」という言葉を思いつき、どこかで実現できないかと思いました。

――それで教育の場に移ったのですか。

ちょうどその頃、横浜市の林文子市長から教育委員を頼まれ、教育現場の大変さを知りました。縁があって神田外語大学を見学に行った時に、学生がフレンドリーで明るくて、この大学なら自分がやりたいことができそうな気がしました。相性がよかったのでしょう。

――日本の教育の問題点は何でしょうか。

初等・中等教育でいえば、学校のマネジメントができる人材の不足です。校長は企業でいえば経営者だから、総合マネジメントができなければいけません。それから先生に教科のリーダーシップが育っていません。例えば英語だと、韓国や東南アジアではTESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages)という英語教授法の資格を持った人が教えますが、日本ではプロの英語教育ができていません。神田外語大学では大学院修士課程で教えています。

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