部活と勉強 両立するのか

県立浦和高校・水石明彦校長「コロナ禍の部活制限と東大合格者増との関係」

2021.03.26

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中村 正史
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早稲田大学の濱中淳子教授の調査によれば、部活動と学習時間の関係は、進学校と中堅校で異なるといいます(記事はこちら)。進学実績の高い公立伝統校の中には「文武両道」を掲げた高校が少なくありません。その一つ、ラグビー部が全国大会に出場するなど部活動が活発な一方で、今年の東大合格者が大きく伸びた埼玉県のトップ進学校、浦和高校の水石明彦校長に聞きました。(写真は、部活動の活躍ぶりがわかる浦和高校の校舎入り口)

水石明彦

話を聞いた人

水石明彦さん

埼玉県立浦和高校校長

(みずいし・あきひこ)浦和高校、埼玉大学理学部物理学科卒。浦和高校教頭、いずみ高校校長、埼玉県教委高校改革担当副参事、蕨高校校長を経て、2020年4月から現職。高校時代はラグビー部員だった。

若田光一さんがISSに掲げた「尚文昌武」の旗

――浦和高校が文武両道を掲げたのはいつごろからですか。

浦和高校は明治28(1895)年に埼玉県第一尋常中学校として開設され、125周年を迎えます。浦高の教育を象徴する言葉が「尚文昌武(しょうぶんしょうぶ)」(文を尚〈たっと〉び、武を昌〈さか〉んにす)です。第2代校長がつくった造語で、文武両道を意味し、人として成長する上で両方が必要という理念が長く受け継がれてきました。

卒業生の宇宙飛行士、若田光一さんが2009年に国際宇宙ステーション(ISS)に滞在した際に、「尚文昌武」の旗をISSに掲げ、帰還後に寄贈してくれました。

体育的な学校行事が多いのも特徴です。代表的なのが11月に生徒全員が参加する「強歩大会」で、学校から茨城県古河市まで50キロを制限時間の7時間以内に完歩します。歩くというより、実際にはマラソン並みに走っています。1年生は7月に南伊豆で行う臨海学校に参加し、最終日に最長2キロの遠泳をします。

体力はもちろんですが、自分の限界に挑み、精神力が鍛えられます。自分の目標の達成に向かって、仲間が頑張っているから自分も頑張ろうと、皆で支え合ってゴールを目指します。

――19年度の全国大会にも出場したラグビー部をはじめ、部活動が盛んですね。

生徒のほとんど全員が参加しています。運動部と文化部を兼部したり、生徒会をしながら部活動に参加したりする生徒もいて、部活動参加者数を生徒数で割るとちょうど100%くらいです。

部活動は参加したい生徒が自分から進んで入って、仲間と技術や精神力を高めていきます。その中で先輩・後輩のつながりが親密になり、上級生を見習ったり、下級生に伝授したりします。

ラグビー部は予選が秋から始まり、全国大会に行くと3年の年末年始まで活動します。サッカー部は秋に2次予選があります。文化部ではグリー・クラブ(合唱部)は9月、10月に大会があります。これらを除くと、運動部は3年夏のインターハイまで活動します。

――ラグビー部には中学までの経験者が集まるのですか。

いえ、ほとんどが高校で初めてラグビー部に入る生徒です。埼玉県は県北部の熊谷地区がラグビーの盛んなところで、中学にもラグビー部がある学校がありますが、浦和周辺にはありません。浦和高校に入学するならラグビー部に入りたいと、運動が好きな生徒は考えるようです。

――その一方で、伝統的に進学実績は高いです。今年は東大の合格者が増えているのが目立ちます。

東大の合格者は46人です。昨年より13人増えました。このうち現役は25人で、近年では一番いいです。東北大、東京工業大、一橋大など、他の大学も悪くありません。

学校の正面玄関から入った事務室横に、卒業生の若田光一さんのコーナーがあり、国際宇宙ステーション(ISS)に携行して掲げた「尚文昌武」の旗や、運動部のバッジなどを展示している。若田さんは、浦和高校時代は野球部員だった
学校の正面玄関から入った事務室横に、卒業生の若田光一さんのコーナーがあり、国際宇宙ステーション(ISS)に携行して掲げた「尚文昌武」の旗や、運動部のバッジなどを展示している。若田さんは、浦和高校時代は野球部員だった

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