一色清の「このニュースって何?」

日米首脳会談で台湾が焦点に → 「ふたつの中国」の歴史を知ろう

2021.04.23

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一色 清
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日々のニュースの中に「学び」のきっかけがあります。新聞を読みながら、テレビを見ながら、食卓やリビングでどう話しかけたら、わが子の知的好奇心にスイッチが入るでしょうか。ジャーナリストの一色清さんが毎週、保護者にヒントを教えます。(写真は、日米首脳会談後の共同会見に臨む菅義偉首相=左=とバイデン大統領=2021年4月16日、ワシントンのホワイトハウス、恵原弘太郎撮影)

共同声明に「台湾」を明記した理由

菅義偉首相と米国のバイデン大統領が4月16日、ワシントンで会談しました。会談の内容を伝える朝日新聞の大見出しは「日米、声明に台湾明記」でした。共同声明に「台湾海峡の平和と安定の重要性」が明記されたことが、会談の最大のニュースだったということです。

これがどうしてそんなに大きなニュースなのでしょうか。それは、米国と日本が中国に対して、「台湾を支配しようとして軍事侵攻することは認めない」というメッセージを発したからです。このメッセージを一歩進めると、「軍事侵攻すれば、われわれも黙っていないよ」と読むことができます。つまり、台湾を支配しようという野心がみえる中国への危機感を共有し、中国を強く牽制(けんせい)したのです。台湾のことが日米首脳会談の共同声明でふれられたのは52年ぶりのことでした。

このニュースをもう少し深く理解するには、どうして中国は台湾を支配下におきたいと思っているのか、を知る必要があります。それには中国の近現代史の知識が必要です。

「中国4000年の歴史」といいますが、中国の歴史は王朝の歴史でした。最後の王朝が清です。しかし、清は衰え、革命によって中華民国が樹立され、1912年に滅びました。その後、中国には国民党と共産党が生まれ、中国をどちらが支配するかで争います。37年、日本が中国に攻め込みました。日中戦争です。戦争がはじまると、日本という共通の敵に対して国民党と共産党が手を組んで戦いました。

日中戦争はその後はじまった太平洋戦争とともに45年に終わりました。日本が敗戦国になり、中国は戦争に勝った形になりました。しかし、国民党と共産党との内戦が再燃しました。ソ連(今のロシアなど)に後押しされ、人数でも勝る共産党が優勢となり、国民党の人たちの多くは台湾に逃げました。台湾は戦前、日本の植民地でしたが、戦争が終わったことにより国民党政府に明け渡されていたので、逃げ込むのに都合がよかったのです。共産党は49年に北京を首都とする中華人民共和国を建国しました。台湾に逃げ込んだ人たちは台北を首都とする中華民国を名乗りました。こうして「ふたつの中国」が生まれたのです。

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