学習と健康・成長

季語を通して身の回りの豊かさを知る 日本俳句教育研究会に聞く、「俳句」を学ぶ意義

2021.05.13

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夏野 かおる
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五・七・五で季節を写しとる「俳句」。最近ではインターネットで気軽に応募できる賞も増えており、伝統と革新が共存している芸術ジャンルと言えるでしょう。語彙を伸ばすきっかけにもつながる「俳句」の教育的効果について、日本俳句教育研究会に聞きました。

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話を聞いた人

八塚 秀美さん

日本俳句教育研究会事務局長

(やつづか・ひでみ)松山市在住。愛媛大学大学院教育学研究科修了。愛媛大学附属高等学校国語科非常勤講師。教壇にも立ち、学校現場での小さな文学体験に寄与する「俳句」の魅力を実感する日々を過ごす。カルチャースクール・セミナー講師経験多数。

季節を愛する俳句、人間を見つめる川柳

——まずは「俳句」と「短歌」の違いについて、改めてお伺いできますか?

どちらも詩歌の形式です。万葉の昔から人々が詠んできた詩歌ですが、作者が詠みたい内容によって、選びとる表現形式の違いです。

短歌と俳句のもっとも明確な違いは音の数です。短歌が五・七・五・七・七の31音で詠まれるのに対し、俳句は五・七・五の17音です。自由律俳句など、このルールからはずれるものもありますが、原則としてこのような認識でよいかと思います。

——五・七・五のリズムは川柳にも共通しますが、両者の違いは「季語」の有無という認識で大丈夫なのでしょうか?

研究者によって多少立場が異なりますが、単純化して申し上げるなら、作り手の意識が「季節や自然」と「人間」のどちらに向いているか、でしょうか。

俳句は、季語そのものにじっくりと向き合って詠んだり、作り手の感情を季語に託したりする文芸です。あくまでも意識は季語のほうに向いているのが俳句というわけです。

一方の川柳は、興味の対象が「人間」。季語には意識をおかずに、世間のことや身の回りの人を面白く描写していく、 第一生命保険が実施している「サラリーマン川柳」などをイメージしてもらえば分かりやすいですね。

川柳として詠まれたものでも、良質な俳句としても成立する作品がたくさんありますので、明確な境界を設けるのは難しいですが、おおよそこのような違いになろうかと思います。

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