一色清の「このニュースって何?」

縄文遺跡群が世界遺産へ → 先史時代はザクっと覚えよう

2021.06.04

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一色 清
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日々のニュースの中に「学び」のきっかけがあります。新聞を読みながら、テレビを見ながら、食卓やリビングでどう話しかけたら、わが子の知的好奇心にスイッチが入るでしょうか。ジャーナリストの一色清さんが毎週、保護者にヒントを教えます。(写真は、北海道・北東北の縄文遺跡群の構成資産、「三内丸山遺跡」=2021年5月24日、青森市、朝日新聞社機から、池田良撮影)

縄文は日本だけの時代区分

「北海道・北東北の縄文遺跡群」がユネスコの世界文化遺産に登録される見通しになりました。このコラムは毎週1回更新しているのですが、2週前には「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が世界自然遺産に登録される見通しになったことをとりあげました。その時は「今年の日本の世界遺産登録はこの1件だけだろう」と思っていたのですが、事前審査する諮問機関がその後、縄文遺跡群の登録も勧告したことがわかりました。日本は2020年、21年にそれぞれ1件を世界遺産候補に推薦しましたが、20年はコロナ禍のため世界遺産登録がなかったので、今年、2年分がまとめて勧告されました。ふたつとも7月の世界遺産委員会で正式決定されるとみられています。世界遺産は中学・高校の入学試験によく出題されるテーマですので、縄文遺跡についてもザクっと覚えておきましょう。

縄文遺跡とは縄文時代の遺跡のことです。縄文時代は日本の歴史でしか使わない時代区分です。今から1万3千年ほど前から2500年前あたりまでの時代を指します。このころの地層から出る土器には縄目の文様がついているため縄文土器という名称がつき、そこから縄文時代と呼ばれるようになりました。

「北海道・北東北の縄文遺跡群」は北海道、青森、岩手、秋田の4道県にまたがる17の遺跡です。大規模な集落跡や祭祀(さいし)をした跡とみられるストーンサークルなど、縄文時代の人々の暮らしや考えがわかる点が貴重とされたようです。日本では最も古い時代の世界遺産です。

縄文時代の次にくるのは、弥生時代です。東京都文京区に弥生という地名があります。明治時代にそこから出土した土器を弥生土器と名付けたことから、弥生土器が使われていた時代を弥生時代と呼ぶようになりました。2500年前あたりから3世紀中ごろまでを指します。弥生土器は縄文土器に比べて硬くて薄いのが特徴です。またデザインは、飾りの多い縄文土器に比べて簡素になっています。

縄文時代と弥生時代は土器が違うだけでなく、生活様式も違います。縄文時代は狩猟と採集で生きていた時代です。弥生時代は稲作が始まり、食べるものを生産する時代になります。今回、北海道・北東北の17の縄文遺跡群が登録される見通しになったのは、狩猟採集の暮らしをしていたにもかかわらず人々が定住していたことがはっきりわかるためです。一般的に人類は農耕が始まることで定住するようになったとされていますが、この地域では食料となる動植物が豊富だったのか、狩猟採集と定住が両立していたことを示しています。

弥生時代の次にくるのは、古墳時代です。豪族が巨大な墓をつくった時代です。歴史は文字による記録が残っている有史時代と、残っていない先史時代に分かれますが、日本では古墳時代が有史と先史の境目になります。古墳時代の次にくるのが、今の奈良の飛鳥地方を都とした政権のできた飛鳥時代で、ここからは記録のある有史時代に入ります。

縄文、弥生、古墳といった時代区分は世界史では使いません。世界史における先史時代は、旧石器時代と新石器時代という区分になります。旧石器時代とは打ち割っただけの石器を使っていた時代で、1万年前くらいまでが旧石器時代とされています。新石器とは磨いた石器で旧石器よりも加工度が上がっています。金属の道具が一般的になるまでの時代を指します。

日本では縄文時代の始まりと新石器時代の始まりがほぼ重なっています。縄文時代の前は土器にちなむ名称はなく、日本でも旧石器時代と呼ばれています。つまり、日本の先史時代は、古いほうから旧石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代という順番になります。

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