読書と作文が好きになる学び
風越学園の「読書家の時間」「作家の時間」 都内進学校から転身した教師の挑戦
2021.08.24

夏休みの宿題の定番、読書感想文が憂鬱という子どもは少なくありません。日本の国語教育は「読解」が中心。読書そのものや文章を書くことについては学ぶ機会が少ないのが現状です。そんな従来の国語教育に一石を投じる授業が、2020年に長野県で開校した幼小中混在校・軽井沢風越学園で行われています。同学園が国語教育の核としている「読書家の時間」「作家の時間」という授業について2回にわたりリポートします。初回は同学園の澤田英輔先生に「作家の時間」について、話を聞きました。(写真は、風越学園のライブラリー。ソファがたくさん置かれ、大きな窓の向こうには浅間山を望むテラスが広がる=石臥薫子撮影)
(さわだ・えいすけ)1977年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科・エクセター大学大学院教育学研究科卒。母校の筑波大学附属駒場中・高の国語教員となる。米国での「リーディング・ワークショップ」「ライティング・ワークショップ」の先駆的な導入例を知り、自らも実践と研究を開始。2020年からは軽井沢風越学園で教えている。共訳書に『イン・ザ・ミドル ナンシー・アトウェルの教室』。
書きひたる「作家の時間」
2020年4月に開校し、3歳から14歳までの子ども262人が混ざり合って学んでいる軽井沢風越学園で、5、6年生の「作家の時間」を見学させてもらいました。「作家の時間」は、子どもたち一人ひとりが「作家」として年間を通して文章を書き、作品を仕上げて、最後は友だちや保護者も読めるように「出版」もするというワークショップ形式の授業です。
風越学園では週4、5コマある国語の授業は、この「作家の時間」と後述する「読書家の時間」を中心に成り立っています。教科書の内容に沿って進める通常スタイルの授業はありません。
「今日は読点(テン)の打ち方についてミニレッスンをします。いままでテンの打ち方ってみんな意識したことあるかな」
澤田英輔先生がホワイトボードを背に、「テンは文の中の要素のまとまりが明確になるように打つ」という原則の説明を始めました。ミニレッスンは、子どもたちが作家としての「技」を学ぶ時間。毎回5分から10分程度です。この日、子どもたちはプリントで読点の打ち方を確認し、先生が出したちょっと難しい問題にもチャレンジ。ミニレッスンが終わると、いよいよ子どもたちは「作家」として、各自の作品の執筆に取りかかりました。
ノート派もわずかにいますが、多くはノートパソコンを使っています。この日は少し前から取り組んでいるエッセーの続きを書いていました。澤田先生は子どもたちの間を回りながら、「どんな感じ?」「ちょっと読ませてくれる?」と話しかけ、時々自身のスマホのカメラで子どもたちの書いた文章を接写しています。一人の子どもとのやりとりが終わるとパソコン上のスプレッドシートに素早くその内容を打ち込み、次の子どものもとへと移動。4、5人を回ったところで30分が経過し、先生の合図で子どもたちは書く作業をやめました。ここからは「共有の時間」。澤田先生はスマホで撮っていた数人のエッセーの書き出し部分を、みんなの前で読み上げます。
「こういう出だしだと、この先どんなふうに話が展開するのか楽しみになるよね」
「会話から始めるのもいいアイデアだね」
良いところや参考にできそうなポイントを共有して、45分の授業が終わりました。
澤田先生は言います。
「『作家の時間』の目的は、『自立した書き手』を育てることです。自分で書きたい題材と意欲を持って、読み手に伝わるように書けるのが『自立した書き手』です。『読書家の時間』も、自分の好みを持ち、自分の意思で本を選び、読むことができる『自立した読み手』を育てることを目指しています。そのためには、たっぷりと読みひたり、書きひたる時間が必要なのです」
従来の日本の国語教育は、教科書の「読解」が中心。多くの学校では、作文の書き方を体系的に教えることなく、遠足や運動会のあとの「行事作文」と夏休みの「読書感想文」を書かせておしまいです。それに対し「作家の時間」では、ミニレッスンの中で題材の探し方から下書きの方法、描写の技術、最終的な作品に仕上げる前の校正の仕方まで、必要なプロセスとスキルを学んでいきます。「書きひたる」というだけに、5、6年生であれば物語、説明的な文章、詩歌など合わせて6〜7作品を仕上げるそうです。
「作家の時間」で特に重要なのは、教師が生徒の間を回りながら行うカンファランス(個別相談)だと澤田先生は言います。
「状況を一人ひとり見極めながら、個別に対応します。苦手意識がある子には、インタビューして書けそうなことを一緒に探したり、たくさんの要素を並べている子には、一番書きたいことは何かを尋ねて整理するのを手伝ったり。自信がない子には、本人が気づいていない、いいところを指摘して励まし、逆にどんどん書ける子にはちょっとハードルを上げて、読者視点からの感想を伝えます。子どもたちが書きたいことを書けるようになるためには、作品を書き終わってから添削したり点数をつけたりするのではなく、書いている段階に寄り添ってサポートすることが大事なのです」
