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柔道日本代表・永瀬貴規さん 長崎日大高校 五輪金メダルの原点は高校時代の土壇場の大逆転

2021.09.16

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橋爪 玲子
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東京五輪の柔道男子81キロ級で金メダルに輝いた永瀬貴規選手。日本代表として世界の強豪たちと戦う永瀬選手のターニングポイントは、高校時代の恩師との出会いでした

写真/張 溢文(朝日新聞出版写真部)

話を聞いた人

永瀬貴規さん

柔道日本代表

ながせ・たかのり/1993年、長崎市生まれ。長崎大学教育学部付属中学校から長崎日本大学高校へ。卒業後は筑波大学に進学。現在、旭化成に所属。長い手足をいかした足技が得意。2016年のリオデジャネイロ五輪で銅メダル、今夏の東京五輪で金メダルを獲得。

柔道を始めたきっかけは?

親戚が長崎県で道場の先生をやっていて、3歳上の兄が通い始めたので、僕も一緒に6歳から始めました。当初は、やりたくて始めたわけではないので、道場の先生は怖いし、練習で痛い思いをするのもつらくて、嫌々通っていました。それでもやめなかったのは、大会に出場していくなかで、勝ってメダルを獲得したり、優勝したりするようになったからです。「勝つ喜び」を知り、また勝ちたいから、練習に打ち込むようになっていきました。

小学校では体を動かすことが好きだったので、クラスメートとサッカーやドッジボールがやりたくて誰よりも朝早く学校に行く、積極的な子でした。僕は親の勧めで小学校受験をして、国立の長崎大学教育学部付属小に通い、中学はそのまま内部進学したのですが、学校の部活に柔道部がありませんでした。母が近隣の中学校や高校に掛け合ってくれて、放課後はほぼ毎日、出稽古に行っていました。大会は出稽古先の学校の名前を借りて出場していました。

写真/張 溢文(朝日新聞出版写真部)
写真/張 溢文(朝日新聞出版写真部)

長崎日大高校に進学を決めた理由は?

高校選びは、まずどこに行ったらもっと柔道が強くなれるかを考えました。そんな僕に声をかけてくれたのが、長崎日大高の松本太一監督でした。監督に初めてお目にかかったときに今後の目標を聞かれました。中学時代には達成できなかった九州大会での優勝がしたいと答えると、監督は「えっ、そんなもんでいいの」と。そのとき僕は、監督についていけばもっと強くなれる予感がしました。それと勉強です。両親から「文武両道」、高校時代は柔道だけではなく勉強もしっかりやるように言われていました。卒業後は大学進学も考えていたので、部活も勉強も頑張る「国立大学進学」クラスに入ることができたのも長崎日大高を選んだ理由のひとつです。

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