腕試しforフィフティーン

問題【国語】梶井基次郎「筧の話」

2021.09.21

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40都道府県から生徒が集う西日本有数の予備校・高松高等予備校と朝日新聞が、高校受験に役立つページを用意しました。各教科の問題と解答はもちろん、各問についての解説も充実していて、手応えはバツグン。保護者の皆さんも中学生向けと侮らず、ぜひお子さんとチャレンジしてみてください。

問題 次の文章を読んで、あとの問いに答えよ。

私が目ざしてゆくのは杉林の間からいつも氷(ひ)室(むろ)から来るような冷気が径(みち)へ通っているところだった。一本の古びた筧(かけひ)がその奥の小暗いなかからおりて来ていた。耳を澄まして聴くと、幽(かす)かなせせらぎの音がそのなかにきこえた。私の期待はその水音だった。

①どうしたわけで私の心がそんなものに惹(ひ)きつけられるのか。心がわけても静かだったある日、それを聞き澄ましていた私の耳がふとそのなかに不思議な魅惑がこもっているのを知ったのである。その後追いおいに気づいていったことなのであるが、この美しい水音を聴いていると、その辺りの風景のなかに変な錯誤が感じられて来るのであった。香もなく花も貧しいのぎ蘭(らん)がそのところどころに生えているばかりで、杉の根方はどこも暗く湿っぽかった。そして筧といえばやはりあたりと一帯の古び朽ちたものをその間に横たえているに過ぎないのだった。「そのなかからだ」と私の理性が信じていても、澄み透(とお)った水音にしばらく耳を傾けていると、聴覚と視覚との統一はすぐばらばらになってしまって、変な錯誤の感じとともに、訝(いぶ)かしい魅惑が私の心を充(み)たして来るのだった。

私はそれによく似た感情を、露草の青い花を眼(め)にするとき経験することがある。草(くさ)叢(むら)の緑とまぎれやすいその青は不思議な惑わしを持っている。私はそれを、露草の花が青空や海と共通の色を持っているところから起(おこ)る一種の錯覚だと快く信じているのであるが、見えない水音の醸(かも)し出す魅惑はそれにどこか似通っていた。

すばしこく枝移りする小鳥のような不定さは私をいらだたせた。蜃(しん)気(き)楼(ろう)のようなはかなさは私を切なくした。そして深(しん)祕(ぴ)はだんだん深まってゆくのだった。私に課せられている暗鬱な周囲のなかで、やがてそれは幻聴のように鳴りはじめた。束(つか)の間の閃(せん)光(こう)が私の生命を輝かす。そのたび私はあっあっと思った。それは、しかし、無限の生命に眩(げん)惑(わく)されるためではなかった。私は深い絶望をまのあたりに見なければならなかったのである。何という錯誤だろう! 私は物体が二つに見える酔っ払いのように、②同じ現実から二つの表象を見なければならなかったのだ。しかもその一方は理想の光に輝かされ、もう一方は暗黒の絶望を背負っていた。そしてそれらは私がはっきりと見ようとする途端一つに重なって、またもとの退屈な現実に帰ってしまうのだった。

(梶井基次郎『筧の話』による。)

問1 ①とあるが、なぜか。

問2 ②は何か。

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