文系、理系の壁

美学者の伊藤亜紗・東工大教授「コロナ禍で学生は理系だけでは解けない問題を知った」

2021.10.06

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中村 正史
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日本は高校の文理選択で文系、理系に分かれ、大学でも文理が交わることが少なく、社会人になっても文系、理系の意識を持ち続ける人が少なくないといわれます。しかし、現代的な課題を解決するには、学問の枠を超えた横断的な知識や考え方が必要です。東京工業大学「未来の人類研究センター」で現代の本質的な課題に取り組む美学者の伊藤亜紗教授に、社会課題と学問のあり方や、理工系の学生たちの意識の変化などを聞きました。(写真は、匂いの再現を研究する東京工業大の研究室)

伊藤亜紗

話を聞いた人

伊藤亜紗さん

東京工業大学 未来の人類研究センター長、リベラルアーツ研究教育院教授、大学院環境・社会理工学院教授

(いとう・あさ)東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究美学芸術学専門分野博士課程を単位取得退学。博士(文学)。2013年、東京工業大学リベラルアーツセンター准教授。20年、未来の人類研究センター長。21年5月から教授。専門は美学、現代アート。20年、『記憶する体』でサントリー学芸賞。

現実はハイブリッドで学問の分け目はない

――大学受験で文系、理系に分かれたまま、社会人になってもその意識が強いのが、日本社会の特徴です。

教育現場で学生と話すと、東工大のような理工系の大学でも、人文社会系の勉強をしたいと思っている学生は多いです。高校で強制的に理系、文系に振り分けられたことに「そのせいで自分はこうなっている」と怒っている学生もいます。今はいろんなことが不安定になり、昔のように東工大を出てメーカーに就職すれば安泰という道が見えません。自分の進路や関心を狭めることへの危険性の意識は高いです。

学生の意識は、以前に比べて変わってきました。東工大に入ってくる学生は、東工大がリベラルアーツ(教養教育)に力を入れていることを知ったうえで入学する学生が増えました。2016年に大学改革を行い、リベラルアーツを強化したことが大きいです。新入生全員が必修の「立志プロジェクト」があり、週2回の授業のうち、一つは共通の講演を聴き、もう一つは少人数に分かれて、講演で学んだことを自分の問題としてとらえ直します。
従来の教養教育は、幅広い知識を身につけることでしたが、私たちは授業で聞いた話を自分なりにとらえ直し、展開する力を高めようとしています。オックスフォードやケンブリッジ大学に近いやり方です。

理系の学生は、自分を語ってはいけないということを訓練されています。実験などは誰がやっても同じ結果が出る再現性が大事だからです。他方で、科学やテクノロジーを突き詰めると、「生命」や「幸福」などの捉え方には文化や宗教の影響があり、理系の学問も普遍的ではないことに気づきます。最終的には人間を理解する力が重要になります。

新型コロナウイルスが広がったこの1年半、学生や大学院生たちは自分のせいではないことに理不尽に巻き込まれる不幸を体験し、理系の世界だけでは解けないことを知りました。

立志プロジェクトでは毎年、水俣病のことを学びます。当時、東工大の教授が「有機水銀が原因ではない」という論文を書き、原因究明を遅らせる結果になりました。この授業への学生の反応が、昨年、今年は随分違います。自分のせいではないことで人生が狂ってしまうことを体験したからでしょう。理系の学生はシステム的な思考が強く、物事はうまくコントロールすれば計画通りにできると考えがちです。しかし、コロナのように危機的な状況では、人文社会的な思考の必要性を感じます。

――現代的な課題を解決するには、文系、理系の枠を超えた横断的な知識が必要だといわれます。

学問分野が融合しても意味はありません。解決すべき問題があって、そのためにはどういう学問が必要かと考えるべきです。現実に起きることの方がハイブリッドで、学問の分け目はありません。研究対象を細かくピースに分けていくのが研究者の習性ですが、問題の解決には何が必要かから考えることが大事です。そもそも文系、理系という枠組みでは対処できないでしょう。それに理系といっても、ものすごく多様です。現実や社会の方から、問題を解くにはどうしたらいいかを考えることが必要です。

――文理融合的な学部・学科やコースをつくる大学も出てきました。ただ、学内の立場や社会的認知が高くなく、中途半端なケースも見受けます。

大学教育で大事なことは、一生学んでいく力をつけることです。大学教育ですべてを学ぶことは無理です。社会に出て問題に直面し、自分の専門だけでは解けない時に、他の専門の人と協力して解いていくことが大事です。「学んでいく力」を学ぶことです。

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