文系、理系の壁

東京学芸大・西村圭一教授「文系も興味を持つ多様な数学教育が必要」

2021.10.12

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中村 正史
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日本は高校の文理選択で文系、理系に分かれ、大学でも文理が交わることが少なく、社会人になっても文系、理系の意識を持ち続ける人が少なくないといわれます。文系、理系の分かれ目になるのが数学ですが、今の数学教育は数学の面白さを教えていないと批判する人も少なくありません。数学教育が目指すべき方向を東京学芸大学の西村圭一教授に聞きました。(写真は、自治体主催の算数ジュニアオリンピックの問題を解き合う子どもたち)

西村圭一

話を聞いた人

西村圭一さん

東京学芸大学大学院教育学研究科教授

(にしむら・けいいち)東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。東京都立高校、東京学芸大学附属大泉中学校、国立教育政策研究所教育課程研究センター基礎研究部総括研究官などを経て、2011年、東京学芸大学教育学部准教授。16年に教授、19年から現職。専門は数学教育学。探究オリンピック委員会委員長。

「歴史総合」のような数学科目が必要

――文系、理系の分かれ目になるのが数学です。私立文系では入試に数学を課さない大学も多く、一方で文系の学生に早い段階でデータサイエンスを学ばせようという動きもあります。数学を取り巻く現状をどう思いますか。

この問題は、だれがいけないというわけではありません。現状の理系、文系は、大学受験によって左右されています。例えば、自動運転を普及させるには何が必要かを考える時、日本では理系の分野だと考えがちです。しかし、交通事故を起こしたらどうするか、法律の問題でもあります。

現在の高校教育は、この話のように一面的にこれは理系、これは文系の問題だと分けて語っています。教育の志向性が社会とずれています。高校の頭で考えていて、社会全体の流れからすると、極めて不自然な捉え方です。

高校教員がなぜ分けて捉えるかというと、高校教育が社会の事象をどう捉えるかよりも、伝統的な学問を土台にして成り立っているからです。理系、文系の枠組みの根底には、高校教育が学問寄りになっていることがあります。

――既存の学問の枠組みで教育しているのは、大学も同じではないですか。

大学では分野横断型の学科も増えてきましたから、高校の方が教科の壁から抜け出せていません。これは文系の教科も同じで、理系からすると、例えば古典や歴史は何のために学ぶのかと思うわけです。

学問を土台に高校教育をとらえているので、生徒は教科の好き嫌いが出てきます。全部の教科が好きにならなくてもいいですが、違う教科の考え方を理解することが大事です。

来年度からの高校の学習指導要領で「歴史総合」が始まります。これまでのような通史ではなく、近現代史を中心に学びます。これは理系にとっても受け入れやすい部分があります。例えば、アフガニスタンで何が起きているか、イスラム教とは何かといったことは理系でも知りたい事柄です。

歴史総合と同じようなことが数学にも必要です。数学の教員には、目の前の現象からたどるのはレベルが低い、学問としての数学を学ぶべきだという考え方が根強いです。歴史総合のような学び方がないのです。

――確かに数学教育のあり方を問題視する数学者は少なくありません。今の数学教育が数学嫌いを作っていると言う人もいます。

高校教員の中には、問題を手際よくエレガントに解くことが好きな人がいて、授業もそのような数学の面白さを伝えようとします。それを面白いと感じる生徒はよいのですが、これに魅力を感じないと、生徒は数学から離れていきます。

文部科学省はいろいろと対策を考えていて、現行の学習指導要領には「数学活用」という科目を設けています。これは数学がどう発展してきたかとか、数学的表現とか、社会生活の方法として数学をどう使うかとか、従来の数学とは異なり、積み重ねではない内容です。ところが、高校現場でほとんど教えられていません。大学入試に要らないからです。そのため、来年度からの新しい指導要領では内容が3分割され、数学A~Cに入ることになりました。

先ほど言ったような数学の世界で育ってきた教員にとっては、数学活用のような科目は教えにくいのです。こうして数学の好き嫌いが生まれ、文系、理系に分かれます。しかし、いま多くの生徒にとって必要なのは、むしろ数学活用の方でしょう。

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