文系、理系の壁
東京学芸大・西村圭一教授「文系も興味を持つ多様な数学教育が必要」
2021.10.12

数学教育が変わらない一因は私大文系の入試
――数学教育を変えるには、どうすればいいですか。
文科省は変える試みをやってきていますが、学校段階が上がるにつれ、なかなかうまくいきません。大学受験や授業のあり方、保護者が求める学力など様々な要素が絡み合っており、社会全体で変えていかないと、その志向性は変わりません。受験のことを無視して、考えることが大事と言っても始まりません。
海外では数学の試験に電卓を使うのが当たり前になっていますが、日本はいまだに紙と鉛筆の一発勝負で、速く正確にという価値観が染みわたっています。これを変えるにも社会的変革が必要です。
数学の学びの多様性もカギです。数学教育を考える上では、学問性と市民性の両方に目を向ける必要があります。数学自体が面白いという生徒がいて、トップランナーを育てることも必要で、それには前者が不可欠です。一方で、日本は後者に価値を置くような学びがなく、数学の学びに多様性がありません。
もう10年以上前ですが、英国で次のような問題を扱っている授業を見ました。「Aワクチンは95%抗体ができ、Bワクチンは70%です。ワクチンの単価は違い、市の予算は決められています。どうしますか」。これだけ見ると、数学の問題ですが、どういう人にAワクチンを打つのか、ロンドンの職業別人口表が与えられ、議論します。そもそも職業で分けていいのか、街が大事にしないといけないのは何かといった意見が出てきます。
連立方程式が解けない生徒や、別の教科に興味がある生徒も、社会科や公民の内容にも数学が関係することに気づきます。数学がわかっていた方がいいと、数学に対する見方が変わります。
数学教育を変えようとしてもうまくいかない一因は、大学入試に数学を課すと受験生が減るため、課さない大学が多いことにもあります。
海外でも同じ問題をかかえていますが、対策に乗り出しています。英国では大学入学時の資格試験に数学を要求する学部学科が限られることから、16歳で数学の学びをやめてしまう生徒が多いです。例えば微分積分を学習する生徒は2割にも満たないという話もあります。この対策として、大学で工学、経済、ビジネスを学ぼうとする生徒が数学を学ぶようにと、「Core Maths」という科目を設けました。データの分析や、ファイナンスのための数学、モデル化などを学びます。
米国でも、非理工系の大学進学者のために「TCMS」という教科書ができています。統計、金融における意思決定の数学、情報学、民主的な意思決定の数学などが内容です。
大学や社会に出て、数学が必要になったときにきちんと学べるように、学校では従来のような数学を従来のスタイルで学ばせることが大事という考えもありますが、現状をみると、文系の生徒にとっては、英国や米国のような学びを経験しておくほうが、学び直しのスタート地点は高くなる気がします。
――教員養成の問題も大きいです。
小学校教員になる私大出身者が増えています。国立大の教員養成系は入試で数学を課していますが、私立文系は数学を課さないところが多く、数学が嫌いな人がいます。ただ、算数の教科書がかなり工夫されていて、教科書にしたがってやれば考える力をつける授業ができるようになっています。
中学・高校の理系科目の教員は、国立大の教員養成系よりも、私大を含めて理学部、工学部出身者が多く、専門性はありますが、授業設計や学習指導などが十分でない面があります。教員も二刀流が大切です。