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fair代表・松岡宗嗣さん 愛知県立昭和高校 「常識」への疑いをぶつけさせてもらえた

2021.10.14

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中村 千晶
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メディアや著作でLGBTQに関する情報発信を続ける松岡宗嗣さん。一般社団法人fair代表として、「どんな性のあり方でも、フェアに生きられる社会」の実現を目指しています。どんな高校時代を送ったのでしょうか。

松岡宗嗣

話を聞いた人

松岡宗嗣さん

一般社団法人fair代表

まつおか・そうし/1994年、名古屋市生まれ。愛知県立昭和高等学校を経て、明治大政治経済学部卒。政策や法制度などの性的マイノリティー関連情報を発信する一般社団法人fair代表。ジェンダーやセクシュアリティーに関する記事執筆や、教育機関、企業、自治体等での研修や講演、メディア出演も多数。共著に「LGBTとハラスメント」、最新刊に「子どもを育てられるなんて思わなかった ―LGBTQと『伝統的な家族』のこれから」。

どんな子ども時代でしたか?

会社員の父とパートで働く母、祖母、2歳上の姉に囲まれて育ちました。小学校低学年までは引っ込み思案でおとなしかったのですが、高学年からガラッと変わって学級委員になるなど、人前に立つようになったんです。セクシュアリティーの自覚と同時期だったと思います。「同性にひかれる自分」を自覚し始めたのですが、誰にも相談できなかった。そのなかで「学校生活で中心にいれば、いじめられない」と無意識のうちにバランスをとろうとしたのかもしれません。中学でも学級委員をして活発でした。いろんなことに挑戦できた背景には、生まれたときに割り当てられた性別と性自認が一致しているシスジェンダーの男性であることや、さまざまな属性や環境の要因が大きかったと思います。一方でセクシュアリティーの部分では漠然とした不安感を抱えていました。

写真/高野楓菜(朝日新聞出版写真部)
写真/高野楓菜(朝日新聞出版写真部)

愛知県立昭和高校出身です。

地元でも校風が自由で、自立性の高い学校として知られていました。このころはすでに自分がゲイであることは受け入れていて、カミングアウトはできなかったけれど、うそをつくのもなんとなく嫌で、自らネタにすることもありました。変わらず学級委員や、学祭などのイベントでは学年のリーダーもしていました。意見や考えをまとめたり、人前で何かを伝えるなど、いまにつながる素地は高校時代につくられたかもしれません。

中学時代、授業中に騒ぐ生徒を「テストの点数をばらすぞ」と脅した先生が許せず口論になったことがあり、高校でもある先生の理不尽な態度に怒って担任と3人で議論になりました。大人の「常識」をうのみにせず、自分で考え、それをぶつけることをさせてくれる学校でもありました。

高校時代の松岡さん=本人提供
高校時代の松岡さん=本人提供

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