文系、理系の壁

ICU・岩切正一郎学長「入学時と卒業時で6割の専攻希望が変わる教養教育」

2021.10.27

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中村 正史
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日本は高校の文理選択で文系、理系に分かれ、大学でも文理が交わることが少なく、社会人になっても文系、理系の意識を持ち続ける人が少なくないといわれます。そうした中、国際基督教大学(ICU)は、他大学のように入学時に学科や専攻を決めるのではなく、幅広く学問を学び、2年次の終わりに選択した専攻を大学に届け出ます。岩切正一郎学長にICUのリベラルアーツ教育や文理融合についての考えを聞きました。(写真は、教員1人あたり学生数18人の少人数教育を行うICUの授業=同大提供)

岩切正一郎

話を聞いた人

岩切正一郎さん

国際基督教大学(ICU)学長

(いわきり・しょういちろう)東京大学文学部フランス語フランス文学専修卒、同大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻博士課程単位取得満期退学。国際基督教大学アドミッションズ・センター長、教養学部長を経て、2020年4月から現職。専門は近現代フランス詩、フランス演劇、フランス文学。

一分野しか知らないと、他のやり方がわからない

――日本は高校の文理選択で文系、理系に分かれ、大学入学時に学部・学科や専攻を決めて入るので、大学でも交わることが少ないです。

高校での勉強と大学での学びは違います。高校の勉強は数学や日本史などの教科・科目でできていて、勉強する目的が大学受験のためになっていることがあります。学んでその先はどうするのかと聞かれると、答えにくいところがあります。大学受験のための教科と、教科そのものの目的の違いが見えにくくなっています。

大学に入学すると、なぜ大学で学問を学ぶのかを意識します。文系、理系と分ける前に、サイエンスの根本に立ち返るべきです。サイエンスはラテン語の「scio(知る)」から来ています。知の好奇心が学問の根本にあります。

これまで気づいていなかったことや、これまで知られていなかったことを発見して知識を共有することが大学の学びを支えています。自然科学系では、知られていなかった原理や物質を発見します。社会科学も同じで、気づいていない社会の構造や人間の思考の枠組み、無意識のバイアスなど隠された構造を明るみに出します。人文科学は芸術作品や思想が内包している意味や構造化の原理、歴史的・社会的条件などを分析します。すべての学問は、隠された構造や新しい意味を明るみに出していき、その営みこそが大学での学びです。

受験勉強的な理系、文系ではないのです。知るというのは、知られざるものを発見する、つくっていくことであるということを、高校生にも認識してもらいたいです。そうすれば、他教科にも興味を持ち、理系の人が世界史を勉強したりするのではないでしょうか。

――現代的な課題に対応するには、文系、理系の枠を超えた横断的な知識が必要です。

文理融合という時に、何を融合させるかです。それぞれの学問は、知ることへの関心の向け方が分野ごとに異なります。自然科学はエビデンスベースで、同じ条件なら誰が実験しても同じ結果が再現されることを求められます。社会科学もエビデンスを必要としますが、自然科学とは少し違います。人間や社会を相手にする時は、個別的な要素があり、ものを相手にするのと同じというわけにはいきません。思想や芸術などの人文科学も自然科学とは違います。芸術は一度しか出現しない出来事の集積といった一面を持っていますし、対象の研究を通じて、人間が生きていく意味を問います。

一つの分野しか知らないと、他の分野のやり方がわかりません。異なる分野で働いている認識や考え方を自分の中で協働させることが必要で、自分が必要としない学問であっても、他の人はこういう見方をしていると知っておくことが大事です。

例えば、将来、政府に入って政策決定する立場になった時に、芸術がなぜ必要かということを知っておく必要があります。三つの分野の考え方を自分の中に持っておくのが文理融合です。新しい建物を建てて、同じ建物の中に文理が入っているとか、授業は何でも履修できるということではなく、文理融合を支える思想が大事です。

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