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無線通信の技術で農業の未来を拓く 日本工業大学平栗健史研究室

2022.01.12

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白石 圭
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◇日本工業大学 平栗健史研究室 基幹工学部電気電子通信工学科

小さなドローンの群れが農作物の上を飛んで、花を受粉させる……そんなSFのような光景を実現させようと取り組む研究室がある。「スマート農業」の最先端とは。(写真は平栗健史研究室のメンバー。前段中央が平栗教授。手に持つのはドローンの試作機=大野陽介撮影)

埼玉県・東武動物公園至近にある日本工業大のキャンパス。その一角、電気電子通信工学科の実験研究棟の研究室のフロアを平栗健史教授が歩くと、研究の相談で学生たちが次々と話しかけ、場はにわかににぎやかになった。この研究室では、平栗教授の専門である無線通信工学にこだわらず、IoTと農業を融合した「スマート農業」の研究の数々を進めている。

例えばLEDの人工照明を用いたトマトの栽培や雷鳴による椎茸の発生促進など、研究テーマは多様だ。もともと民間企業の研究所在籍時には、今や日常的に使われている世界初の無線通信・Wi-Fiの研究開発に携わるなど、無線通信工学を専門としてきた平栗教授。しかし「意外な出来事から、農業と通信技術をつなげた研究を始めることになりました」という。

きっかけは5年前。ある学生が、IoTを利用した農作物の栽培管理の仕組みを研究していた。天候の情報を自動で収集し、ビニールハウスの温度や湿度を制御するという技術だ。学会で成果を発表したところ、その内容が人づてに食品メーカーの社長の耳に届き、興味を示された。その結果、メーカーの出資のもと、トマトの水耕栽培に関する共同研究が始まったという。

「専門外の研究テーマだったので、生物分野について一から勉強しなおしました。学会などで農業関連の研究者たちとも縁ができ、スマート農業の研究に自分の専門を生かせないか、模索するようになりました」(平栗教授)

また別の学生は、「雷が落ちるとキノコが育つ」という古くからの言い伝えを研究しようとしていた。学生の実家は椎茸の原木の専業農家で、平栗教授も育て方を教わった。奇遇にも、日本工業大には雷を人工的に落とす装置がある。試しに実験してみたところ、「驚きました、いきなり2倍の量の椎茸が育ったのですから」(同)。検証を重ね、電気的刺激ではなく、雷鳴の特定の周波数が振動となり刺激を与え、成長促進に影響しているとわかってきた。

日本工業大学基幹工学部電気電子通信工学科の平栗健史教授(撮影/大野洋介)
日本工業大学基幹工学部電気電子通信工学科の平栗健史教授(撮影/大野洋介)

そんな平栗研が取り組む大きな研究プロジェクトの一つが、蜂の動きを模した超小型ドローンによるトマトの人工授粉システムだ。通常トマトの花は、蜂が花の蜜を吸ったときの振動でめしべに花粉がつき、自家受粉する。

「トマト農家の人は受粉用の蜂を毎年輸入するのですが、夏場は温室ハウス内の気温が上がり蜂の動きが悪くなるため、人の手で一つ一つの花を揺すって受粉させることもある。業界全体が人手不足に悩む中、大きな負担になっています」(同)

ドローンがカメラで花を撮影し、AIが受粉可能と判断したら、花に振動を与えて受粉させることはできないか――。2020年、「人工授粉ドローン」の研究が始まった。

特殊な通信方式で課題をクリア

そもそも、平栗研の専門である無線通信工学とドローンはどう関係するのか。修士1年の黒澤達也さんが教えてくれた。

「授粉ドローンは群れで飛行し、ドローン同士が近づくとウイルスに感染するように互いにデータを渡す『エピデミック(感染)通信』という方式をとっています。ドローンには高性能なPCを載せることはできないので、撮影した花が受粉可能かどうかの判定をする基地局まで、リレーのように花の画像データを受け渡すのです」

なぜ、遠くまで一度にデータを飛ばさずに、近くのドローンとやりとりするのか。

「ハウスのなかは障害物が多くて通信環境がよくないため、最適な場所に基地局を設置するのが困難です。また、多数のドローンが花の画像データをたくさん送ることになるので、一度に通信をすると無線の帯域がいっぱいになって混雑する輻輳(ふくそう)が生じます。ですがエピデミック通信であれば、局所的な通信しかしないので、同じ空間で同時にたくさんの情報をやりとりすることができるのです」(平栗教授)

ドローンによる人工授粉のイメージ。現状の試作機は、目的の位置座標まで安定して飛ばすのが難しかったり、バッテリーの問題で飛行時間が短かったりといった課題を抱えるという(提供/日本工業大学)
ドローンによる人工授粉のイメージ。現状の試作機は、目的の位置座標まで安定して飛ばすのが難しかったり、バッテリーの問題で飛行時間が短かったりといった課題を抱えるという(提供/日本工業大学)

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