ゆる受験、私はこう考える

「ゆる受験」の言葉に感じる疑問 中学受験は「逆上がり」、塾通い短いと「キツ受験」に

2021.12.27

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矢野 耕平
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この秋、小学6年の1年間で中堅校に合格できるという内容の記事をきっかけに「ゆる受験」「省エネ受験」といった言葉が話題となりました。子どもたちを最前線でみてきた、中学受験専門塾スタジオキャンパス代表の矢野耕平さんは「中学受験はそんなに甘い世界ではない」と言います。短期間の受験勉強で結果が出る子どももいますが、「結果的に『ゆるやかに』子どもが学べるようにするため、受験勉強が本格化する小学5年の前での塾通いをすすめるのです」と矢野さん。寄稿してもらいました。

中学受験の「安・近・短」

「安・近・短(あん・きん・たん)」という表現をご存じだろうか。主として旅行に用いられる表現で、「費用が安い」「距離的に近い」「日程が短い」……そんな小旅行を指している。

この「安・近・短」に似通った考え方が中学受験の世界に近頃登場するようになった。

「ゆる受験」とか「省エネ受験」とか言われているものだ。

中学受験に費やす時間と労力を極力抑えて志望校合格を目指すという考えであり、いくつかのメディアでは、小学6年からの1年足らずの塾通いで合格できる学校にはこんなところがあると、ご丁寧に実名で学校を幾つも紹介していた。取り上げられていたのは、大手進学塾・四谷大塚の模擬試験結果から示される「学校別ランク表」で偏差値40~50程度に位置する学校が中心だ。

なるほど、塾通いの期間が短ければその分、中学受験に要する費用を安く済ませることができる。そして、結果として難関校でなくても、わが子が中堅の私立中学校に合格、進学すれば、6年間の一貫教育の恩恵に授かることができる。高校入試の心配もいらない。

この手の記事を目にした保護者の中には、中学受験がそんなにお手軽にできるのなら、わが子も挑む価値がある世界かもしれない、などと心躍る人がいるかもしれない。

しかし、記事を一読したわたしは思わずイラッとし、言い知れぬ不快感がこみ上げてきた。

中学受験塾経営者として不利益になる内容だから、ではない。

この実名で紹介されている学校を目指して、小学3、4年、あるいはそれ以前から塾通いを続け、日々学習に励んでいる子どもたちがたくさんいるのを知っているからだ。

そして、そもそも1年足らずの受験勉強でこれらの学校に合格できるのだろうか。

ひょっとしたら合格できる人もいるのかもしれない。でも、それはごく一部の人間であるとわたしは考える。

大半の受験生たちは残念な結果を突き付けられるだろう。

中学受験はそんなに甘い世界ではない。

中学入試に臨む小学生たち=2021年1月、東京都内、柏木友紀撮影
中学入試に臨む小学生たち=2021年1月、東京都内、柏木友紀撮影

1年足らずの受験勉強で合格した子どもたち

昨今は首都圏を中心に中学受験が過熱化していて、2022年1、2月も前年以上の中学受験生たちが入試に挑むと予測されている。

だから、だろうか。

近年は小学校の同級生たちや、会社の同僚の子どもたちが中学受験を目指して勉強しているという話を聞いて、それまでは考えもしなかったわが子の中学受験を急遽(きゅうきょ)検討するご家庭が目に見えて増えている。

「ゆる受験」や「省エネ受験」もこんな「世相」を反映して生まれたのかもしれない。

先ほどわたしは「1年足らずの受験勉強でごく一部は合格できる」と申し上げた。

わたしの経営する塾に通っていた子どもたちを思い浮かべると、確かにそれに該当するケースがある。

たとえば、それまでは一度も塾通いしたことがなく、少年野球チームで主力として活躍していた男の子。「高校受験勉強に時間をつぶされることなく、中高時代は野球に継続的に打ち込みたい」という思いで中学受験をしようと決心し、小学6年の夏明けから塾通いが始まった。入塾する際、わたしは男の子の母親に「中学入試本番まで残すところ5か月しかありませんから、合格できる学校はほとんどないかもしれません。それでもよろしいのですか?」と念押しをしたことを覚えている。しかし、この男の子は、授業の最初から最後まで集中力を切らさず、また、講師に対して積極的に質問攻めをし、ぐんぐんと成績を伸ばしていった。そんな彼は第1志望校の明治大学付属中野中学校に合格、進学した。

女の子の例もある。小学6年の春にわたしの塾の門を叩いた子。はじめての塾通いだけあって最初は授業で説明する基本的事項でさえ、理解するのに四苦八苦していた。社会の授業では都道府県名を答えるテストでさえ、歯が立たないレベルであった。しかし、1年足らずの受験勉強で彼女は東洋英和女学院中等部に合格、進学した。

しかしながら、このようなケースを指して、「小学6年からの1年間で合格できる」などと申し上げるつもりは毛頭ない。これらはレアケースに過ぎない。こんな特殊な事例を一般化してはならないとわたしは考える。

それでは、上の2人の受験生は「ゆる受験」「省エネ受験」を成し遂げたのだろうか。とんでもない。2人とも塾の自習室を連日のように活用して、周囲の受験生たちに追いつこうと歯を食いしばりながら一心不乱に学んでいた。その様子はさながら「キツ受験」「全力受験」と形容して差し支えのないものだったのだ。

そして、このような短期間の「キツ受験」「全力受験」には耐えられない子どもたちのほうが圧倒的に多いのだろうとわたしは考える。

小学6年から塾通いを始めたものの、その途中で中学受験を断念し、塾を辞めた子どもたちをわたしは大勢目にしているからだ。

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