学習と健康・成長

「理解のある親」を演じていない? 福岡の人気塾から見た親子関係の変化

2022.01.18

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葉山 梢
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キャンセル待ちが続く人気の学習塾「唐人町寺子屋」を福岡市で開く鳥羽和久さん。様々な背景をもつ子どもたちに勉強を教えるかたわら、対話と思考を重ねてきました。鳥羽さんが見たこの20年間の親子や教育の変化とは。

鳥羽和久

話を聞いた人

鳥羽和久さん

とば・かずひさ/1976年福岡県生まれ。文学修士(日本文学・精神分析)。大学院在学中に学習塾を開業。現在は株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、唐人町寺子屋塾長、及び単位制高校「航空高校唐人町」校長として、150人余りの小中高生の学習指導に携わる。著書に「親子の手帖 増補版」(鳥影社)、「おやときどきこども」(ナナロク社)など。

理解のある親を持つ子どもは幸せか?

――「唐人町寺子屋」というのは、どのような塾なのでしょう。

小6~高3を対象とした学習塾で、約150人の塾生がいます。

特長の一つは、時間割がないことです。子どもの状況を見ながら、疲れてきたなと思ったら1時間の中でもコロコロと科目を変えます。この時間はこの科目と決まっていると、最後の方はだれてしまったり、時間が余ってしまったりします。長い目で見てつじつまが合えばいいと考え、飽きないようにしています。

高校生を対象にした「ディスカッション」の授業も他にはない取り組みです。差別問題、ジェンダー、国家と法、情報社会といったテーマを毎回決め、それぞれの考えを出し合います。参加者は5、6人に絞っているので、本音が出てきます。ときには涙ながらに話し出す子もいます。その場では言えないプライベートなことを後から打ち明けられることもあります。親は大切な存在だからこそ逆に言えない。友達は今の生活のしがらみそのものだから言えない。私はある意味無責任な存在だから聞けるし、子どもも言いやすいのだと思います。でも、何よりこの授業は私自身が楽しんでいて、彼はこんなことを考えていたのかと心の底から驚いたり、新しい知見を得たりする刺激的な場として大切にしています。私がいまいろいろな文章を発表することができているのは、完全にこの授業のおかげです。

毎年12月1日に入塾の申し込み受け付けを始め、すぐに埋まってしまう状況です。来年度分の中学コースも既にキャンセル待ちの方が多数出てしまいました。今後は抽選にすることも考えたいですが、入塾テストで切るのは絶対に違うと思っています。そうすれば簡単に合格実績の高い塾にはなれるかもしれないが、面白くない。

――大学院在学中に塾を開いたそうですね。

大学に6年行き、大学院の3年目に入ったところで、親が「もう学費は払わん」と言い出したのです。それまで家庭教師として90人以上に教えた経験があり、5科目のプリントを自分で作っていたので、これを仕事にして学費を払おうと2002年に塾を始めました。

――そうすると、開塾から20年になりますね。この間、子どもたちに変化はありましたか。

いわゆる「ヤンキー」はほとんどいなくなって、絶滅危惧種になったのが一番大きいですね。かつては、家庭に問題があるけど、ヤンキーになることでバランスを取っている、という子もいました。昔ならヤンキーになっていたような子は、いまは学校や友人関係からはじかれ孤立して、不登校になっている場合もあります。ヤンキーという少し怖い存在がいなくなったことで、多くの子にとって、学校は表面的には過ごしやすくなったのかもしれませんが、一方で居場所をなくす子や、感情のはけ口が見つからない子が増えるという副作用も出ていると思います。

それと、男の子は「男らしさ」をほとんど言わなくなりました。女の子はあまり変わらない気がしますが、男の子はすごく温和で、優しい子が増えました。

「理解のある親」を演じていない? 福岡の人気塾から見た親子関係の変化
中1・中2の合宿では勉強だけでなく、その土地の風土や暮らしを学ぶ。昨夏は福岡県筑後市の池田絣工房で藍染めを体験した(鳥羽さん提供)

――親子関係の変化が影響しているのでしょうか。

親の影響は絶対あります。親の子に対する接し方が大きく変わったのでしょう。いま、「男だから強くなれ」という親はほとんどいませんから。2021年7月に出した著書「親子の手帖 増補版」で最も反響があったのは「理解のある親」について書いた項でした。不思議なことに、精神的にもろい子の親ほど、理解のある親である場合が多いのです。いまの親の多くは子どもを否定しません。昔みたいに上からの押しつけではなく、理を尽くして説明します。先に正しさをお膳立てして話します。でも、そのせいで子どもが反発する機会を失っているのです。はっきりとした「反抗期がない子ども」が増えています。

反抗期は、子どもが親という壁にぶつかることを通して、親の背後にある世間や社会を見極め、自我の在り方を構築する時期で、子どもが自立する上で必要な過程です。ある男子学生が、大学をやめようと思っていることを母親に相談すると、母親は5秒くらい考えて「いいんじゃない、あなたが好きなようにしたら」と言ったそうです。その子はキレました。本音では「やめないで頑張りなさい」と言ってほしかった。子どもからすると、親はすべて肯定してくれているようで、何もしてくれないという感覚しか得ていないことがあるのです。「子どもを否定しない」というと良いことのようですが、否定されることは子どもの主体化のためには大事な経験です。理解のある親を演じると、子どもの壁にならない無難な親になってしまいます。否定されるという経験をさせるのは親の役割。時には親が壁にならないと、子どもは20歳前後になっても自分というものがはっきりせず、人生をこじらせることになります。

かといって、すべて上から押しつけるのがいいというわけではありません。バランスが難しい。一つ言えるのは、親が子どもに配慮しすぎずに「勝手にする」のがポイントということ。子どもに関係なく自分の好きなことをやりまくるところを見せてください。そうすると、子どもは自分も好きなことをしていいんだと安心して伸びやかに過ごすことができます。逆に避けたほうがいいのは、親が子どもの日々の変化を見ずに、「この子はこういう子」と固定して見ることです。「こういう子」と規定すると、親は子どものことを分かっているという感覚を得られて気持ちいい。でも、子どもは親が規定した枠に自分を合わせようとしてしまうようになり、自由を妨げられてしまいます。

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