どうなる中学・高校入試
麻布で「難民」、開成で「ジェンダー」…難関私立中入試問題が問う批判的思考力とは?(上)
2022.03.07

新型コロナウイルスの感染が急拡大するなかで行われた今年の中学入試。東京で「御三家」と呼ばれる難関私立中の入試では、「難民」や「ジェンダー」などの社会問題に対する考えを書かせる問題が出題された。時事用語の丸暗記だけでは到底歯が立ちそうもないこうした問題は、いったい何を問うているのか。長年にわたる中学受験ウォッチャーが、最新の傾向を2回にわたり解説する。(写真は麻布中学高校の正門)
難民政策の記述問題が話題に
麻布中が社会科の入試問題で「難民」をとりあげたことが、ネットニュースでも話題になった。単に難民についての出題があったというだけでなく、日本政府の難民政策が「難民を保護するという点から見たときにどのような問題があると考えられますか」(問9)と自由記述形式で問われていることが「すごい」「入管職員も受けてみて」という反響を呼んだのだ(弁護士ドットコムニュースの記事はこちら)。今年にかぎらず麻布の社会科は毎年、「攻めて」くる。マイノリティーを題材に選ぶというだけでなく、政府の政策や企業の戦略を批判的に考えさせる問題が多いのだ。この数年だけでも、こんな出題があった。
「君は、学校給食にかかわる問題点にはどのようなものがあると考えますか。また、給食をどのように改善すれば、より意味のある共食となるのでしょうか」(2021年・問16)
「なぜ企業は流行している衣服の製造を意図的にやめてしまうのでしょうか。企業のねらいを答えなさい」(20年・問10)
「学校にスポーツを取り入れることで、政府は当時おしすすめていたどのような政策に役立て、どのような行動ができるひとを育てようとしましたか」(19年・問7)
「スポーツの盛り上がりは政府にとっても都合のよいことでした。どのような点で都合がよかったのでしょうか」(19年・問8)
知識の量だけでなく、社会問題を批判的に考える力を問うているのである。いまどき公立の学校であれば「偏向教育」と攻撃されかねないが、そもそも戦前には社会科という科目はなく、社会科という教科の誕生自体が、戦後民主主義の象徴でもあった。神がかりの歴史教育や修身は「軍国主義の温床」として否定され、民主主義社会の担い手たるよりよい〝公民〟を育成するための戦後教育の「花形教科」として誕生したのだ。1948年1月14日付の朝日新聞には「社会科の教育」と題するこんな投稿が載っている。
「私の考えでは、社会教育の目的は、過去の社会、理想の社会生活を未だ知らずして、やゝもすれば現実の社会を肯定し勝ちな彼ら少年少女たちに、真の社会、理想の社会生活を経験的に教え、もつて彼らの個々の胸の中に社会生活における理想と現実のズレを意識させることであり、さらにそのズレを合致させるべき自発的能動的志向や意欲を抱かせることだと思う」
現実をただ肯定するのではなく、批判的思考を養うことが社会を発展させる。社会を発展させるためには、われわれが自発的能動的に行動しなければならない。社会科はそれをはぐくむための教科であるというのである。現代では「批判」は「悪口」というのと同じ程度の意味合いでとらえられ、ネガティブなイメージをもたれやすいようだが、批判なくして民主主義社会の維持発展はありえない、というのが、社会科という教科の出発点だった。教育委員会の直接的な介入を受けにくい私立中学の社会科教育は、戦後民主主義の原点を守る最後の王国といってもいい。