どうなる中学・高校入試
武蔵では男女や地域の「格差」が出題 難関私立中入試問題が問う批判的思考力とは?(下)
2022.03.09

対策が難しい理科の「おみやげ問題」
本稿ではおもに社会科について論じているのだけれど、武蔵で有名なのは理科の「おみやげ問題」だ。毎年、貝殻だのネジだの画びょうだの「実物」をくばり、それを観察させた上で問題を解かせる。実物はそれぞれ持ち帰ってよいので「おみやげ問題」といわれる。今年のおみやげは針金で、先端を曲げて指先にのせさせ、重心の位置を数学的に考えさせる問題だった。こういう特殊な出題形式はそれなりの個別対策(=事前の訓練)を要するので、受験生にとってはツブシが利かない、つまり併願校の受験には役立たず汎用性が低いし、塾にとっても特別な指導が必要になる。理科や社会が記述式である、というだけで受験生にとっては塾で「記述対策」という授業を余計にとらないといけない。武蔵高校から東大に60人も70人も合格していた時代には「熱望組」がそうした対策をいとわなかったろうが、今ははっきりいえばかつてほどの進学実績は残していない。そうなると対策のやっかいさも敬遠されて、ますます上位層からの人気が落ちる……という悪循環も見られた。それでも入試の出題形式はかたくなに変えないのが、さすが伝統校たるゆえんである。近年ではまた人気も難易度も復調気味にあるようだ。
入試の形式はかたくなに変えない。といっても社会科の入試問題を並べて年ごとに見てみると、微妙な?変化もあるような気がする。麻布の社会科がマイノリティーを重視し、時事問題にぐいぐいと切り込んでくるのに対し、武蔵のそれは同じ記述式でも、もっとオーソドックスでアカデミックな印象があった。
武蔵の社会科入試はワンテーマ形式である点も麻布と同じだが、武蔵のテーマはたとえば「銅」「塩」「道」といった具合でかなり地味めだ。銅をテーマにした18年入試では、直接時事問題をとりあげた設問はなかった。「銅山をほりすすめていく上で、どのような技術的困難があったことが図からうかがえますか、問題文もよく読んで説明しなさい」(問5)、「下の表は主要品目の輸出入額順位を示したものです。それを見て、輸出品の『銅・石炭・生糸』に共通し、『綿糸・綿織物』にはない利点とは何か、答えなさい」(問6)といった調子。ビビッドな時事問題にアンテナを張るというよりも、与えられた材料をもとに正確な分析が下せるかという点に重点が置かれている。
ちなみに問6の四谷大塚の解答例は「綿糸・綿織物を輸出するためには原料となる綿花を輸入することが必要だが、銅・石炭は国内でとれたもので、生糸の原料のまゆも国内で生産されたものなので、輸出額のほぼすべてが利益となる点」とある。与えられた資料は明治から大正にかけての「輸出品上位6品目」と「輸入品上位6品目」の表である。どの年も輸出品目の1位は生糸で2位は綿糸か絹織物か綿織物。ボンヤリしていると「生糸・綿糸・絹織物・綿織物」が繊維関係で同じグループ、「石炭・銅」は工業資源で同じグループ、みたいに思ってしまうかもしれないが、なぜ生糸が銅・石炭と組になるのかを考えなければいけない。そして考えれば、「知って」いなくても正解に至るという意味で良問だと思う。