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「ガッツ、知恵と勇気」で海洋プラスチックごみの研究をリード 九州大学磯辺篤彦教授
2022.05.11

◇磯辺篤彦教授 九州大学応用力学研究所大気海洋環境研究センター/海洋力学分野
海洋プラスチックごみ研究に早くから取り組む九州大学応用力学研究所の磯辺篤彦教授。今春新設した海洋プラスチック研究センターのセンター長も務める。日本人、タイ人、アルゼンチン人の3人の研究者をタイに常駐させている。(写真/江藤大作)
海洋物理学を専門とする磯辺篤彦教授が海洋漂着ごみの研究を始めたのは2007年頃。それ以前から九州・南西諸島の海岸に大量に漂着するプラスチックごみが問題となっており、海流や波を分析しシミュレーションすることで発生源や経路を突き止められるのでは、と考えた。
ポイ捨てされたプラスチックごみは川から海へ流出し、劣化と破砕を重ねながら細片化、マイクロプラスチックとなって漂流し、あるものは海岸に漂着し、あるものは海底に沈んでいく。プラスチックは腐食・分解しないため数百、千年規模で自然界に残存し、細かくなるほどPCB(ポリ塩化ビフェニル)などの汚染物質が吸着しやすいとも言われる。そのため、海や土壌の汚染、生物が誤食することによる生態系への影響が危惧されている。
「海洋プラスチックごみ問題は、2010年頃から急激に世界各地から報告されるようになりました。日本はまだ研究者、論文の数は少ないですが、質は高い。この分野では世界をリードする国の一つと言っていいと思います」(磯辺教授)

磯辺教授をリーダーとするプロジェクトチームは、海を浮遊するマイクロビーズ※1の発見や、南極海におけるマイクロプラスチックの浮遊を世界に先駆けて確認。また、コンピューター・シミュレーションを開発し、1960年から60年間の海洋プラスチックごみの行方を重量ベースで追跡、さらには50年後の太平洋全域のプラスチック汚染の予測を世界で初めて発表した。
「生活圏から最も離れた南極海でマイクロプラスチックが見つかったのは、プラスチックごみ汚染が地球全体に広がっていることを象徴的に示すものでした。また、この60年間に海に流出したプラスチックごみは約2500万tです。しかしこれはその間に排出されたプラスチックごみの総量約5億tの5%に過ぎません。95%はどこに消えたのか、それを突き止めるのは今後の課題です」

シミュレーションは現実に即した動きをいかに再現できるかが重要である。そのため、そこに用いる数値は単に文献から引っ張ってきたものではなく、実証実験で集めたデータを根拠としている。たとえば海岸に落ちているプラスチックごみ一つひとつに数字を振り、海に流出したり、海岸に戻ったりするのを調査する。数字を書き込めないほど小さなマイクロプラスチックの動きを調べる場合は、同等の比重の木片に塗料を塗って海にまく。あるいは、鉛直方向のマイクロプラスチックの分布を調べるために網を縦につないで曳網採取したり、ときには暑さや悪臭、感染症の恐れと闘いながらごみがうずたかく積み重なった“ごみ山”を登ったりもする。
「すごく泥臭い、気の遠くなるような作業を何年もかけて行い、データを集めていく。それをプログラムに取り込んでいくわけです。研究者に必要なのはガッツ、知恵と勇気です(笑)」
