ハイスクールラプソディー

SKY-HIさん 早稲田実業 音楽に関わる人生に 夢が具体化した高校時代

2022.05.12

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橋爪 玲子
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活動を休止した人気グループ「AAA」のメンバーで、ソロラッパーでもあるSKY-HIさん。最近では、私財1億円以上を投じたオーディション「THE FIRST」が話題に。さまざまな顔を持つSKY-HIさんが、高校時代を振り返ります。

SKY-HI

話を聞いた人

SKY-HIさん

ラッパー、プロデューサー、起業家

SKY-HI/本名、日高光啓。1986年千葉県生まれ。早稲田実業高等部卒業。早稲田大に進学後、中退。2005年に「AAA」のメンバーとしてデビュー。同時期から「SKY-HI」として都内のクラブなどで活動をスタート。ラッパー、音楽プロデューサー、トラックメーカーなどマルチな才能を発揮。20年に会社「BMSG」(Be My Self Group)を起業。オーディション「THE FIRST」で発掘したボーイズグループ「BE:FIRST」のプロデューサー。最新刊に「晴れるまで踊ろう」(扶桑社)がある。

中学受験をされたそうですね。

8歳のときにMr.Childrenの曲を聴き、衝撃を受けました。当時のヒット曲はラブソングばかり。本格的な恋もしたことのない小学生の僕には、歌詞が心に響かない。けれどそのときに聴いた「everybody goes~秩序のない現代にドロップキック~」や「マシンガンをぶっ放せ」の歌詞には、社会問題に対する、ボーカルの桜井和寿さんの回答があったんです。僕が言葉に興味をもつ原点だったと思います。それから社会への好奇心が湧いてニュース番組をよく見るようになり、わかることが増える喜びから、勉強にもハマっていきました。

小学5年のときに中学受験をすることに決めました。六つ離れた姉は高校生活を楽しんでいる一方で、大学受験の勉強で苦労していました。それを見て当時の僕は、高校の楽しい時期を大学受験に費やすよりも、今のうちに行きたい大学を見つけて、最短で効率よく進学する方法を見つけたいと思いました。それに勉強もすごく楽しかったので、親と相談し、早稲田実業中学部(現・中等部)を狙って受験することにしました。

といっても、小学6年の夏まではサッカー中心の生活でした。さすがに夏休みに入り、このままサッカーを続けていると後悔するなと思い、コーチに「やめます」と伝え、そこからがっつり塾通い。受験までの半年間は、人生で一番勉強しました。

親はサッカーを続けていてもなにも言わなかったですし、勉強をやりなさいと押しつけることもしませんでした。「好きにすればいいじゃない」と放置しているようで、実は陰でサポートをしてくれていたんだと思います。

写真/高橋奈緒(朝日新聞出版)
写真/高橋奈緒(朝日新聞出版)

中高一貫校での学生生活はどうでしたか?

僕が早稲田実業の中学部に入学したときは男子校でした。それが高等部進学のタイミングで共学校になりました。共学校になったことで異性の目を意識し、面白みが減った友人もいました(笑)。

早稲田実業の中学時代は、人目も気にすることなく、それぞれ突出した特技や趣味嗜好に「てらい」のなさを生むのにとてもいい環境でした。

僕自身も、純粋に音楽を楽しむ友達ができ、軽い気持ちでバンドを組めました。僕がハマっていたのはドラムとラップです。カツアゲが怖くて靴下に5千円をしのばせ、渋谷のCDショップやレコードショップに通いました。さまざまな曲を聴いて、吸収し、インプットしていった時期でした。

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