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知識と思考力をともに高める「ダブルヒーリックス」、2年目の挑戦 生徒が自発的にセッションを開催

2022.05.23

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市川 理香
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英語で知識と思考を深める「ダブルヒーリックス(Double Helix=DH)。専門分野の第一線で活躍するイギリス人による講義(英語)やディスカッション、ペアワーク、プレゼンテーションなどを行いながら、「知識」と「思考力」のつながりを学校の枠を超えて高校生が学ぶ講座です。主催するのは巣鴨中学高校(東京)。2回目となる2022年春は、「歴史」「免疫」「医療」の3分野をテーマに開催され、3都県の高校生30人が参加しました。DH2022春を振り返ります。(写真は、イギリス人講師によるセッションの様子=巣鴨中学高校提供)

1月初旬から3月下旬にオンラインで開催

ダブルヒーリックス(以下DH)は「二重らせん」の意。「知識を蓄える行為」と「思考力を身に付けていくこと」は二重らせんのようにしっかりと絡み合っているということを意識できるようになってもらいたい、とスタートしました。2021年3月に続き2回目の開催です。

参加したのは主催校の巣鴨、そして鷗友学園女子、駒場東邦、豊島岡女子学園、広尾学園(以上東京)、市川(千葉)、洗足学園(神奈川)、南山女子部(愛知)の私立8校に通う高校生30人。昨年の第1回は春休みを使ってオンラインで集中的に開催されましたが、今回は、1月初旬から3月下旬にかけて行われました。全てオンラインで終わらせず、途中2回の対面セッションを行うなど、企画をブラッシュアップして開かれました。

都内でも大雪に見舞われた1月6日、Google Classroomの使い方のレクチャーも兼ねて、初の対面セッションが行われました。DHの発起人でもある巣鴨中学高校国際教育部長の岡田英雅先生は「失敗する勇気を持ってほしい。勉強すればするほど自分の小ささがわかる。知の世界は広い」と生徒を鼓舞。残念ながらその後、まん延防止等重点措置が示され、2月に予定されていた2回目の対面セッションはかないませんでしたが、Google Classroomを通して出される課題への取り組み、オンライン上での活発な質疑応答(ドロップ イン セッション)、ペアワークを通じ、参加者はテーマを掘り下げながら、思考する楽しさを味わったようです。

講義の内容

  • 「歴史」トリスタン・マクラウド先生
    ペスト、コレラ、スペイン風邪を「比較」するワークを重ね、疫病と人類の対応、医薬・医療の歴史について理解を深める。
  • 「免疫」マガリ・マツミヤ先生
    病原体や免疫、ワクチンについての講義とディスカッション。
  • 「医療」ジェームズ・トーマス先生
    米英の医療システム、新型コロナウイルスが医療システムに及ぼした影響を資料から考え、それをディスカッションで掘り下げる。
DHが始まった日の、雪の巣鴨中学高校=2022年1月6日、東京都豊島区
DHが始まった日の、雪の巣鴨中学高校=2022年1月6日、東京都豊島区

達成感と発見から次への一歩を進める生徒たち

DHが目指す「基礎的知識と高次の思考は二重らせん」であることに気づいた体験は、終了後には生徒自身の口から語られました。参加者の声をいくつかご紹介しましょう。

・私がDouble Helixで学んだことはこのように、ただ一夜漬けをしてテストで点数を取るための知識ではなく、それを本当に自分のものにするための本質的な「学び」へとつなげる方法だと思います。

・知識はそれ単体では力にならない、思考力と行動がともなって初めて力になる、ということを教わりました。覚えるだけ・知っているだけではなく、知識をふまえ何を考え、自分が何を思い、どう行動するのかが重要で、その積み重ねが自分をユニークで考えが豊かな人物にしていくということを学び、ただへえ~と思うだけだった日々の学習やニュースなどに対する向き合い方が大きく変わりました。

・一見「優劣」をつけるだけの単純な作業に見える「比較」ですが、その項目を限りなく詳細にしていくことで、結果として比較対象の理解を深めることになるという点が、おもしろいなと感じましたし、今後何かを学ぶ際にも活用してみたいなと思いました。

もちろん、オールイングリッシュの講義、課題の積み重ね、面識のない人とのペアワークでの言葉、時間の使い方、対人関係などに苦労したという声も複数あり、悔しさやもどかしさに悩んだ姿も見られますが、ある生徒は言います。「初めての経験で最初はかなり苦労したが、それ以上にそこから得られる学びや達成感が大きかった」

DHの企画書には「人間は 試練の中で旧態を打破し 新たなものを創造する」とあります。新型コロナウイルス感染症が終息しないまま、制限された生活を余儀なくされている現実を生きている今だからこそ、この言葉をより実感を伴って感じることができたのかもしれません。

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