一色清の「このニュースって何?」

ロシアがサハリン2の譲渡を命令 → 日本が困っているのはなぜ?

2022.07.08

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一色 清
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日々のニュースの中に「学び」のきっかけがあります。新聞を読みながら、テレビを見ながら、食卓やリビングでどう話しかけたら、わが子の知的好奇心にスイッチが入るでしょうか。ジャーナリストの一色清さんが毎週、保護者にヒントを教えます(写真は、液化天然ガス〈LNG〉基地〈上〉からLNG運搬船グランド・アニワにのびる積み出しのパイプ=2009年、ロシア・サハリン)。

プーチン氏、サハリン2「ロシアへ譲渡」命令

ロシアのプーチン大統領は、「サハリン2」の運営を、新たに設立するロシア企業に譲渡するよう命令する大統領令に署名しました。サハリン2は天然ガスを採掘して液化天然ガス(LNG)にして出荷する事業で、三井物産と三菱商事が出資しています。生産されるLNGの約6割は日本に輸出され、電力の燃料や都市ガス原料などに使われています。

この大統領令によって、出資している三井物産、三菱商事がどうするのか、また日本への輸出がどうなるのかはまだはっきりしません。しかし、ロシアに対して経済制裁をしている日本への報復の意味合いがあるとみられるため、これまでと同じような形で事業が続けられるとは考えにくい状況です。

国家権力が民間の所有物を力でとりあげる「接収」という結果になる可能性がありますが、そうなればそんな理不尽なことをする国に投資する企業はなくなるでしょう。ただ、経済制裁を受けているロシアにとっては今でも投資する企業はないのだから、新たなダメージはないという判断かもしれません。一方の日本はエネルギーの調達先の多様化のために長い年月をかけて育て上げてきたプロジェクトですので、それを失うことになれば、とても大きなダメージになります。

このニュースを理解するためにはまず地図を開きましょう。サハリンはロシアの東の端にある細長い島です。島の南端は、北海道の北端の稚内からわずか43㌔のところです。日本では戦前、この島を樺太とよんでいました。南樺太は日本の領土で、約40万人の日本人が住んでいました。

サハリンのオホーツク海側の大陸棚に油田やガス田があることは戦前から知られていましたが、掘り出す技術や資金がなく、未開発になっていました。注目されるようになったのは、第4次中東戦争をきっかけに起こった1973年の第1次石油危機(オイルショック)です。石油の値段が一気に上がりました。日本はほとんどの石油を中東から輸入していたため、石油がなくなるのではないかとパニックになりました。石油の調達先をもっと広げないといけないという議論が高まり、候補のひとつになったのがサハリンでした。冬はものすごく寒いところですが、地図を見ればわかるように中東よりもはるかに日本に近いというのが魅力でした。近ければ、輸送コストが少なくてすみ、安い値段で輸入することができます。

日本政府は、政府も出資したサハリン石油ガス開発(SODECO)を設立し、当時のソ連と交渉を始めました。政府が力を入れて関わるプロジェクトをナショナルプロジェクト(ナショプロ)といいますが、サハリンの石油・天然ガス開発はナショプロだったのです。

交渉が一気に進み始めたのは、ソ連が崩壊しロシアが誕生した91年ごろからでした。当時のロシアは外貨が不足していましたし、民主主義陣営の一員になった印象があり、交渉がまとまる環境ができていました。このころには、原油を中心とするサハリン1とLNGを中心とするサハリン2に、プロジェクトがふたつに分かれました。

そして94年には、イギリスのロイヤル・ダッチ・シェル(現シェル)と三井物産と三菱商事がロシア政府とサハリン2の生産物分与協定を締結し、2009年からLNGの出荷を始めました。95年には、SODECOやアメリカのエクソンモービルを中心とする企業連合がロシア政府とサハリン1の生産物分与協定を結び、05年から原油の出荷を始めました。

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