一色清の「このニュースって何?」

反対が増える安倍晋三元首相の国葬 → 国葬って何が問題なの?

2022.09.16

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一色 清
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日々のニュースの中に「学び」のきっかけがあります。新聞を読みながら、テレビを見ながら、食卓やリビングでどう話しかけたら、わが子の知的好奇心にスイッチが入るでしょうか。ジャーナリストの一色清さんが毎週、保護者にヒントを教えます。(写真:国会前で安倍晋三元首相の国葬に反対する人たち=8月31日、東京都千代田区)

三つの問題点

7月8日、安倍元首相が凶弾に倒れました。岸田首相はその6日後の記者会見で「国葬をおこなう」と表明しました。国葬は9月27日におこなわれます。しかし、世論調査では国葬に反対する人が賛成する人をかなり上回っています。反対の理由としては、少なくとも16.6億円の税金が使われることや安倍元首相と旧統一教会に接点があったことなどが挙げられます。しかし、それ以前にそもそもの問題があります。今回の国葬における問題を理解しつつ、国葬はこれからどうあるべきか考えてみましょう。

今回の国葬の問題のひとつは、根拠になる法令がないことです。戦前には国葬令がありましたが、戦後の1947年に失効しました。戦前の国葬では、日露戦争で功績のあった東郷平八郎元帥や太平洋戦争の連合艦隊司令長官だった山本五十六元帥も対象となっており、戦意高揚に使われた面がありました。国葬令がなくなったのは、国民主権や平和主義を柱とする日本国憲法下の社会にふさわしくないと考えられたものと思われます。

今、国葬がはっきりと書かれている法律としては皇室典範があります。25条には「天皇が崩じたときは、大喪の礼を行う」とあります。大喪の礼は、国のおカネで行いますので、広い意味の国葬です。日本国憲法1条には、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と書かれていますので、天皇や上皇の葬儀が国葬であるのは論理的に当然だと思います。逆に言えば、法的根拠のはっきりしている国葬は「大喪の礼」だけといえます。

岸田首相は、安倍元首相の国葬の法的根拠として内閣府設置法にある「国の儀式」を挙げています。そのうえでそれを閣議決定したのだから法的にはクリアしているという説明です。これだと行政権のある政府は、閣議決定さえすればどんな儀式でもできることになり、かなり苦しい説明だと思います。

また、政治家の国葬として戦後1回だけおこなわれた吉田茂元首相の国葬が先例とされています。しかし、それ以後の首相経験者の葬儀が国葬としておこなわれなかったのは、法的根拠がないことが大きな理由と考えられています。内閣・自民党合同葬という形が定番になりました。こうみると、吉田元首相の国葬に無理があったということになります。「吉田学校」の門下生である当時の佐藤栄作首相は「先生」への強い思いから無理を通してしまったようです。

二つ目の問題は、首相周辺だけで拙速に決めたことです。岸田首相が国葬を表明したのは銃撃事件からわずか6日後です。有力政治家の意見や内閣法制局の見解は聞いたようですが、国会や司法の意見をきちんと聞いた形跡はありません。ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作元首相が死去した時、国葬にするかどうかといった議論を当時の三木武夫政権がしました。そのとき、時の内閣法制局長官が「三権の了承が必要」と言ったとされています。つまり、行政権だけでやるというのではなく、立法権(国会)、司法権(最高裁判所)も了承しないとできないとしたのです。国葬というのは政府がする葬儀ではなく、国民の集まりである国がする葬儀なので、国民の代表である国会と法律の番人である司法の了承が必要というわけです。結局、佐藤元首相の葬儀は国葬ではなく、自民党と内閣に国民有志が加わる国民葬という形で執り行われました。

三つ目の問題は、安倍元首相の評価がまだ定まっていないことです。憲政史上最長の在任期間だったことや、海外の首脳と広く親交があったことなどは間違いないところですが、アベノミクスという経済政策は成功だったのかどうか、安全保障法制はよかったのかどうかなどの答えが出るのはこれからです。また、「モリカケ桜」といわれた「政治の私物化問題」もありました。銃撃事件の後に浮上した旧統一教会との関係もあります。

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