都立高入試スピーキングの不可解
都スピーキングテスト、英語教育・テスト理論の専門家らが入試への利用中止を要望
2022.10.27

11月27日に実施予定の「ESAT-J」は、東京都立高入試で初めての英語スピーキングテストになります。テストに関する様々な疑問が出される中、英語教育やテスト理論の第一人者らがこのほど記者会見を開きました。統計学的な検証について説明した上で、専門家は公平性を担保できないとして「ESAT-Jの結果を入試に活用することの中止」を求めました。都教育委員会側は、これまでも都議会などで「試験に問題はない」とする答弁をしており、引き続き着実に準備を進めるとしています。(写真は、記者会見当日の様子)
入試にギャンブル性持たせる制度設計
会見があったのは10月19日。慶應義塾大学名誉教授・大津由紀雄さん、東京大学教授・阿部公彦さん、立教大学名誉教授・鳥飼玖美子さん、東京大学名誉教授・南風原(はえばら)朝和さん、京都工芸繊維大学名誉教授・羽藤由美さんの5人で、いずれも英語教育やテスト理論の第一人者だ。
会見に先立ち、大津さんが代表して都教育委員会に要望書を提出。入試活用の中止を求める理由として、①不公平な入試になる可能性が高い、②円滑な試験運営ができない可能性が高い、の2点を挙げた。
ESAT-Jは来月27日に実施予定。都はアチーブメントテストと位置づけており、その結果を入試に活用する形だ。事業主体は都で、民間事業者ベネッセコーポレーションと共同実施する。テストはタブレット端末を使い、音声を吹き込んで解答。都内の公立中学3年全員と、都内在住あるいは都内の私立・国立中学3年の希望者が受験する。フィリピンで約8万人分を採点し、1月中旬に成績票が渡され、20点満点で調査書に記載。都立高入試に加算される。
ESAT-Jについてはかねて様々な問題点が指摘されてきたが、今回の会見で第1の問題として挙げたのが「不受験者の扱い」だった。
「不受験者」とは、病気やけがなど特別な事情でESAT-Jを受験できなかった、あるいは、制度上、受験対象外として受験できない生徒たちを指す。不受験者には、同じ高校の受験者で英語の学力検査の結果が同点や点数の近い人たちのESAT-J結果の平均点が「仮のESAT-J結果」として与えられ、入試に加算される。
下の表はすでに都教委が示している、学力検査の同点者が10人以上いる場合の「仮のEAST-J結果」の算出方法だ。この場合の不受験者の「仮のEAST-J結果」はB(換算点16点)となる。同点が10人以上いない場合は、上下に範囲を拡大する。なお、ESAT-J結果は20点を満点とし、A~Fの6段階で4点刻みになっている。


テスト理論が専門の南風原さんは、こうした不受験者の「仮のESAT-J結果」の算出法について統計学の理論に照らして検討した。その結果、「二つの点で、正確な成績推定にならないことが予想される」と指摘した。
「まず、『仮のESAT-J結果』を算出するための対象者の人数が10人程度と少ないため、平均が統計的に不安定で、偶然性に左右されます。このため例えば、英語学力検査が78点の不受験者の『仮の結果』が、80点の不受験者の『仮の結果』を上回る『逆転』が容易に起こり得て不合理です」
さらに、「逆転」は不受験者間に限らない。不受験者とESAT-J受験者の間でも合否の入れ替えが起こり得る。
「不受験者の『仮のESAT-J結果』は、不受験者が実際に受験した場合に得られる結果より、全体の平均の方向に偏る傾向があります。『統計的回帰』と呼ばれる原理によるもので、ESAT-Jグレードで最高のAの受験者の『仮の結果』はAより低くなる傾向があり、逆に最低のFの受験者の『仮の結果』はFより高くなる傾向がある」(南風原さん)
南風原さんは「本来ならAなど高いESAT-Jの成績が見込めるのに、受験したくても制度上、受験できない不受験者にとっては、現在の算出法は不利で不公平です。一方、『仮の結果』によって実力以上に押し上げられる不受験者がいることは、ESAT-Jの受験者に不利になり不公平です」とも指摘した。
合否のボーダーライン上では、『仮のESAT-J結果』によって実力以上に押し上げられた不受験者が合格し、その分、ESAT-J受験者が不合格となるといった、合否の入れ替えが起こり得る。スピーキングを頑張って勉強しても、その生徒の努力が入試判定に適正に反映されない可能性があることが、「不受験者の扱い」の一番の問題だ。
加えて、一般的に「不受験者」というと、コロナやインフルエンザ、不測の事故などにあったレアケースを想像する。しかし、ESAT-Jは違う。東京都の公立中学のために用意されたアチーブメントテストを入試に活用するという変則的な制度設計によって、一定のボリュームの「不受験者」を生むシステムになっているのだ。そのことが入試にギャンブル性を持たせる一因にもなっている。
ESAT-Jの受験者・不受験者は以下の三つのタイプに分けられる。
① 受験が義務づけられている「都内の公立中学3年」の受験者。都立高を受験しない生徒も含まれる。
② 制度上は受験対象外だが、希望すれば受験も可能な、「都内在住あるいは都内の私立・国立中学3年」。
③制度上、受験したくても受験ができない、「都外在住の、都外中学3年」の不受験者。親の転勤などで、現在は都外に住んでいる都立高志望者も含まれる。
「②の一部と③の生徒を合計すると、不受験者は決してレアケースとはいえない相当数になるはずです。都立日比谷高校のように都外からの受験志望者も多い学校では、不受験者の『仮のESAT-J結果』の及ぼす影響は大きく、スピーキングの力とは関係のない要素による合否の入れ替えが起こる可能性が高いと考えられます」(南風原さん)
都教委は、英語学力検査の結果とESAT-Jの結果との相関について「具体的な相関関係のデータはただ今持っておりません」と都議会で回答している。
南風原さんはさらに説明した。
「先に指摘した不合理や不公平がどの程度生じるかは、同一高校内の英語学力検査とESAT-Jの成績データが得られれば確認できます。ESAT-Jを受験した生徒の『仮のESAT-J結果』を試しに算出し、正しい『成績の推定』になっているかも確認可能です。そうした事前の確認をしないまま入試に突き進むのは非常に危険です」
阿部さんも次のように話す。
「不受験者の得点の算出法が妥当かどうかは、準備段階で調査していればわかったはずです。実施を間近に控えたこの時期に、なぜ反対の声を挙げるのか、という人がいますが、こんなことが今ごろになって指摘されているような状況こそが問題です。まともに実施できる状況にあるとは思えません」
さらに大津さんも次のように付け加えた。
「仮に不受験者の数が少なかったとしても、入試は受験者を点数順に並べ選抜するので、不受験者がどの位置にいるかによって、受験者も含めた合否に影響します。そういう問題をはらんだ制度だという認識を持つことが大事です」