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隠岐さや香・東大教授に聞く 「理系5割」目標は「政府が目指す人材育成からズレていて実効性薄い」 

2022.12.08

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中村 正史
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「教育再生実行会議」の後継として岸田内閣が設置した「教育未来創造会議」が5月に出した提言を受け、各省庁がその具体化に向けて動き出しています。提言はデジタル人材の育成から奨学金制度、リカレント教育まで多岐にわたりますが、注目されているのが、理系の学生を5割程度に増やすという目標です。科学史の専門家で、『文系と理系はなぜ分かれたのか』の著者でもある隠岐さや香・東京大学大学院教育学研究科教授に、「理系5割」目標をどう見るかを聞きました。(写真は、武蔵野大学データサイエンス学部の授業=同大学提供)

隠岐さや香

話を聞いた人

隠岐さや香さん

東京大学大学院教育学研究科教授

(おき・さやか)東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。博士(学術)。広島大学大学院総合科学研究科准教授を経て、2016年より名古屋大学大学院経済学研究科教授。22年より現職。専門は科学史。著書に『文系と理系はなぜ分かれたのか』(星海社)など多数。

「理系5割」は意味のある数字には見えない

――政府の教育未来創造会議が提言の中で、デジタル人材やグリーン人材の育成と並んで、理系の学士をOECDで最も高い水準の5割程度にする目標を掲げ、政府が具体化に動き出していますが、どう見ていますか。

理系5割というのは、その目的がはっきりせず、実効性は薄いと思います。脱炭素社会に取り組むグリーン人材や、デジタル社会に対応する人材の育成は、環境や情報など文理融合の学際系の学部が担うことが多く、いずれも理系だけの学問分野ではありません。ですから5割というのは、意味のある数字には見えません。

私は以前、広島大学総合科学部に勤務し、自然環境科学プログラム(当時)で環境に取り組む人材の育成に携わったことがありますが、学部生の能力は学部が違ってもそう変わりはありません。

足りないのは修士以上の人たちです。これからの社会のあり方を議論し、考えることができる社会科学系、特に経済系の人が足りません。例えば地域を変えようとすると、エネルギー問題や社会的な規制、合意形勢など様々な要素が絡みます。学際的な分野や環境経済学の分野になりますが、政府の考え方はそこに意識がいっていません。文理融合の学生を増やそうとするのならわかりますが、理学部、工学部を指定して増やそうというのは、ターゲットがぼやけています。

――政府には稼げる理系を重視する考えが根底にあると思います。

私も最初、理系5割と聞いて驚きました。2015年に文部科学省が国公立大学の人文社会系不要論を出したように、また文系を減らしたいのかと思ったのですが、3000億円の基金をつくって理工系学部の再編を財政支援すると表明したので、これは文系が多い私立大学の学部構成を変えようとしているのだと思いました。

環境やデジタルを担う人材は、社会のあり方を考えなければいけないので、理工系中心だとうまく進まないと思います。地球温暖化に日本はどう関わっていくのか、自然環境と共存する地域を住民とどうつくっていくのかという、民主主義のあり方を変えていくような壮大な課題です。

日本にはテクノロジーはあるのに、それを社会設計に生かしたり、応用したりできる人材が足りません。社会的な内容を考える人材が欠けているのに、どうして理工系なのかと思います。

科学技術・学術政策研究所が出している「科学技術指標」の学位取得者の状況を見ると、日本は大学院修士以上が少なく、特に人文社会科学系は大学院に進みません。

海外では環境問題は、人文社会科学がわかる人が取り組んでいます。環境問題は経済との関わりが大事で、脱炭素は経済的なインセンティブをつけて取り組む仕組みが必要です。

ですから理系5割というのは、グリーン人材やデジタル人材を育成するという政府の目的には合わず、変な話です。他国も数値目標を立てて計画的に理系を増やすようなことはしていません。

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