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三陸の漁村で震災後の暮らしを現地調査 東京農業大学・吉野馨子ゼミ

2023.01.18

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西島 博之
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◇吉野馨子教授/東京農業大学国際食料情報学部食料環境経済学科

日本の漁村は人口減少、高齢化の課題を抱える。そのなかで地域の暮らしを守っていくにはどうすればいいのか。住民への聞き取りなどのフィールドワークから見えてきたものがある。「学生にはとにかく現場に行きなさいと指導しています」と吉野教授は話す(写真右端、写真/朝日新聞出版・加藤夏子)

吉野馨子(けいこ)教授は三陸の農林漁業と暮らしや、持続可能な地域社会の構築に関する研究を続けてきた。宮城県北東部に位置する雄勝半島のある漁村の調査を始めたのは東日本大震災から1年後の2012年3月のこと。その漁村はもともとウニやアワビなどの漁業資源に恵まれ、震災の被害も軽かった。吉野教授がこう話す。

「三陸一帯が津波の影響を受けたなかで、その漁村の浜や集落はそれほど大きな被害ではありませんでした。漁村の成り立ちを知りたいと考えたのが調査を始めたきっかけです」

 縁あって地域の有力者と知り合い、聞き取り調査やアンケートに協力してくれる住民のネットワークが徐々に広がっていった。浜を歩く住民から「うちにおいで」と声をかけられるようにもなった。16年からは吉野教授のゼミナールの学生と一緒にフィールドワークをしている。そのなかで見えてきたのは、海の恵みを共有資源として利用しあう住民の姿だった。震災直後は、多くの船が流されたなか共同操業を行った。また、高齢で漁に出られなくなった人たちに取れたウニやアワビを販売するようになった。

「漁に出られなくなり、海の恵みを得ることが難しくなった人には喜びを提供できますし、新たな取り組みの資金源にもなります。その地域で暮らす意味を考えるうえでも浜の共有資源が重要な役割を果たしていることがわかってきました」(吉野教授)

近くに通える高校がないこの漁村では高校入学時から人口の流出が始まるという。人口の減少や漁業の担い手不足といった課題を解消していくためには、UターンやIターンなどによる移住のほか、地域外の出身者が地域と多様に関わる「関係人口」や、地域外に住む地域住民の子ども家族など「他出者」とつながっていくことが重要で、海の恵みが一つのカギになるのではないかと吉野教授は話す。

地域には灯台などの観光資源がある。100年を超える石垣や、住宅の間を縫うようにつながる細い路地などの街並みは歴史文化的、建築史的に貴重な存在だ。こうした地域の財産を生かし、地域外の人との交流を深めていくことも大切になってくるという。

「私たちのような部外者だからこそ地域の価値やよさに気づけることもあります。そこで暮らす人たちの話を聞き続け、地域で暮らす楽しみにつながるような小さなアクションを一緒に起こしていきたいと思っています」

コロナ禍で約3年間、現地を訪問することができなかったが、調査に協力してくれている人との連絡は絶やさなかったという吉野教授(写真/朝日新聞出版・加藤夏子)
コロナ禍で約3年間、現地を訪問することができなかったが、調査に協力してくれている人との連絡は絶やさなかったという吉野教授(写真/朝日新聞出版・加藤夏子)

現場で感じる五感が大切

吉野教授はゼミの学生に「とにかく現場に行きなさい」と指導している。地域研究では現場に行って五感で感じることが大切だと考えているからだ。雄勝半島のこの漁村は交通の便が悪く、宮城県石巻市から車で約1時間かかるという。1回の調査で現地には3、4日滞在することが多い。閉鎖された保育園を改築し、宿泊施設として開放してくれているボランティアの人の存在があるおかげで、学生を連れていくことができるという。

「地域の人たちも学生が来てくれることでにぎやかになっていいと話してくれます」

19年12月には学生が三陸の特産品サツマイモを使った「おいもパーティー」を開催し、地域の人たちと交流した。同じくサツマイモを特産品とする埼玉県川越市出身の学生がいたことから、三陸の焼き芋と川越の焼き芋の食べ比べなどが行われた。卒業後も吉野教授と一緒に現地を訪れるゼミOBやOGもいるという。学生が「関係人口」として地域とつながり続けてくれたらいいと吉野教授は期待している。 

学生が企画した「おいもパーティー」で地域の人たちと交流する(写真提供/吉野教授)
学生が企画した「おいもパーティー」で地域の人たちと交流する(写真提供/吉野教授)

だが、その後のコロナ禍で現地を訪れることはできなくなった。高齢者が多いため、東京から現地調査に赴くことがためらわれたという。現地に行けなかった期間は親しくなった地域の人たちと電話などで連絡をとりあうしかなかった。再訪がかなったのは22年10月のことだった。吉野教授が話す。

「みなさん、お元気で『久しぶりに会った気がしないね』と言っていただきました」

これまでの聞き取り調査でわかった地域の歴史やなりわいに関する情報は、地域のよさや価値を後世に伝える貴重な資料ともなる。吉野教授はそれを「聞き書き集」としてまとめ、地域に還元していく予定だ。

聞き取り調査の結果などを記載したフィールドノート。吉野教授はインタビューをテープ起こししたものを「聞き書き集」にまとめて地域に還元したいと話している(写真/朝日新聞出版・加藤夏子)
聞き取り調査の結果などを記載したフィールドノート。吉野教授はインタビューをテープ起こししたものを「聞き書き集」にまとめて地域に還元したいと話している(写真/朝日新聞出版・加藤夏子)

有志の学生が自主的に研究する

吉野教授、菅沼圭輔教授、高梨子文恵准教授が所属する食料環境経済学科・地域社会経済研究室では、各教員が卒論を担当するゼミのほかに、学生の有志が自主的に集まり毎年一つのテーマを決めて研究室活動を行っている。これは食料環境経済学科のカリキュラムの大きな特色だ。教員は研究室の顧問的な立場にある。

研究室長で吉野ゼミの山口翔さん(3年)がこう話す。

「地域という比較的小さな単位で農業に関わる生産流通や政策といった研究を行っています。東京農大の他の研究室よりも幅の広い分野の研究を行えるのが特徴です」

20年度は国産ワインの流通を研究テーマとした。21年度は、消費者が前もって生産者に作物の購入費を支払うCSA(地域支援型農業)について研究した。今年度は「農村景観」をテーマに取り組んだ。例えば、天橋立のような自然にできた景観ではなく、営農の結果、素晴らしい景色となり、観光スポットとなった景観を農村景観という。

山口さんたちは、斜里岳を背景としたジャガイモの花と防風林が景観をなしている北海道清里町、美しい茶畑のある京都府和束町の2カ所を研究対象に選び、現地調査した。

同じく吉野ゼミの成島立紀さん(3年)は研究室活動のやりがいについてこう話す。

「現地に行ってインタビューやアンケート調査をすることで、座学やインターネットで調べることでは得られない学びがあります」

2年次までフィールドワークを経験したことがなかった黒田笙矢さん(3年)は清里町で初めてフィールドワークを経験した。

「東京農大に入学した以上、フィールドワークを経験しないまま卒業したくなかったんです。必修科目ではない研究室の活動に加わって清里町に行けたのがとても勉強になりました」

フィールドワークにやりがいを感じた黒田さんの卒論のテーマは、吉野教授の調査地である三陸漁村の釣り船に関するものになりそうだという。

21年度、CSAの研究に取り組んだ中村彩乃さん(4年)は、出身の長野県上田市の養蚕業を卒論のテーマにした。

「かつて盛んだった上田市の養蚕業を復活させるためにはなにが必要なのか、養蚕業に携わっていた人たちの話を聞いたりしました」

卒業後は生産者と消費者を直接つなぐ野菜の流通に関する仕事に就く予定だという中村さん。

「この研究室に入って、地域の人たちと話をして、新しい発見をすることがとても楽しかった。毎日ワクワクしながら過ごすことができました」

中村さんは現地調査の大切さをあらためてかみしめている。 

写真左から吉野ゼミ生の黒田笙矢さん、山口翔さん、成島立紀さん、中村彩乃さん(写真/朝日新聞出版・加藤夏子)
写真左から吉野ゼミ生の黒田笙矢さん、山口翔さん、成島立紀さん、中村彩乃さん(写真/朝日新聞出版・加藤夏子)

【大学メモ】

東京農業大学 1891年設立の「徳川育英会育英黌(こう)農業科」を起源とする。世田谷・厚木・北海道オホーツクの3キャンパスに6学部23学科を有する。学部学生数は1万2467人(2022年5月1日現在)。

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