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難敵はフジツボ 海中での太陽光発電の実用化に挑む 神奈川大学由井明紀研究室

2023.02.22

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駒井允佐人
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◇由井明紀教授/神奈川大学工学部/機械工学科

太陽光発電は、高温による発電効率の低下、無理な建設による土地崩落や農地の減少、自然災害による破損被害など問題点も多い。この課題解決を海中に見いだす研究が進行している。写真は、海中太陽光発電の実験装置と、右から由井教授、平尾蒼臣さん(機械工学科4年)、中島音也さん(機械工学領域院生2年)(撮影/朝日新聞出版・戸嶋日菜乃)

太陽光発電の導入において、日本は先進国の一つである。また、「平地面積あたりの太陽光設備容量」も断トツの1位(資源エネルギー庁、2020年)。つまり日本は国土面積の約34%しかない平地に太陽光発電設備を詰め込んでいる状態で、無理やり山地に建設して崩落事故を招くケースも散見される。そこで神奈川大工学部の由井明紀教授が注目したのが、海中だ。

「日本の領海・排他的経済水域は世界で6番目に広いんですよ。これを使わない手はない」

海中太陽光発電で注目を集める由井明紀教授(写真/朝日新聞出版・戸嶋日菜乃)
海中太陽光発電で注目を集める由井明紀教授(写真/朝日新聞出版・戸嶋日菜乃)

水上の太陽光発電設備は、すでに香川県やシンガポールにある。ではなぜ、海中なのか。

「太陽光パネルに使われているシリコンは、表面温度が上がると発電効率が下がる特性があるんです。ですから、海中に沈めて水冷してやればいい。また、陸上や海上の太陽光パネルは、黄砂や鳥の糞の付着によって発電効率が下がったり、ホットスポット現象(付着物によりパネルの一部に異常な抵抗がかかり、局所的に発熱する現象)で火災が発生したりすることもある。海中であれば、それらの心配もないわけです」

由井研究室では太陽光パネルの海中での発電効率を、水温、水深、日射強度、塩分濃度、シリコンの種類(多結晶と単結晶)による違いなど、さまざまな条件で実験を重ねている。その結果、海面下10㍉までが最も発電効率がよいことが判明。海で安定的にこの水深を保つ装置を自作し、大波に遭った場合は一時的に潜水することで転覆を避ける方法も模索中という。

海に沈めて、フジツボなどの汚損生物の影響を経過観察する(写真提供/由井明紀)
海に沈めて、フジツボなどの汚損生物の影響を経過観察する(写真提供/由井明紀)

自然災害とは別に、もう一つ“難敵”がいる。

「フジツボです。フジツボは接着力が非常に強固です。これはホットスポットと同じで発電効率の低下やパネルの破損の原因となりますので、フジツボが付着しないよう、パネルの表面をテクスチャー加工する実験も行っています」

マイクロメートルレベルのフジツボの接着器官がパネルに進入しないように表面を加工するのだ。長年、精密加工を専門としてきた由井教授にとって最も得意とする分野である。

神奈川大は横浜市と包括連携協定を結び、横浜港の脱炭素化を進めている。海中太陽光発電はここでも重点施策で、ゆくゆくは横浜港に停泊する船舶に電力を供給していきたいという。

由井教授は2021年に海中太陽光発電の特許を取得。この研究では世界唯一の存在だ。

「実用化の目標は2030年です。ただ社会実装する際は、漁業権や安全面への配慮も必要になってくる。課題はまだまだ山積みです」

「由井研究室で『考える力』がついた」という中島音也さん(写真/朝日新聞出版・戸嶋日菜乃)
「由井研究室で『考える力』がついた」という中島音也さん(写真/朝日新聞出版・戸嶋日菜乃)

社会実装されたらこんなにうれしいことはない

工学専攻機械工学領域院生2年の中島音也(なかじま・おとや)さんは、由井教授のやさしい人柄と、先輩たちの楽しそうな笑顔にひかれて由井研究室を選んだという。

「僕はもともと旋盤や溶接に興味があったので、太陽光パネルの構造など何も知りませんでした。でも一から調べていくうち、太陽光パネルの素材にもいろいろあり、それぞれ特性が違うことがわかってきました。太陽光パネルにいま最もよく使われているシリコンは比較的安価なので、大規模な施設に向いているし、海中での使用にも最も適していると思います」

浮力機能を持った太陽光パネル。海での実験用だがかなりの大きさだ(写真提供/由井明紀)
浮力機能を持った太陽光パネル。海での実験用だがかなりの大きさだ(写真提供/由井明紀)

実証実験では、自然環境で行う難しさを感じたという。

「屋外で行う場合は、気温や風などの自然要因で実験結果が変わってきてしまいます。それをどうやって条件を合わせ、誤差を少なくしていくか。それを考えるのがすごく大変でしたね。でもそのおかげで『考える力』はついたと思います。春からパソコンメーカーで働くのですが、その面接でも『考える力を生かしていきたい』とアピールして就職が決まりました(笑)」

海中太陽光発電の研究に携わったことは、貴重な経験になったようだ。

「これが社会実装されて、いろんなところで見かけるようになったら……、こんなにうれしいことはないですね」

「入学も卒業も由井教授と一緒」という平尾蒼臣さん(写真/朝日新聞出版・戸嶋日菜乃)
「入学も卒業も由井教授と一緒」という平尾蒼臣さん(写真/朝日新聞出版・戸嶋日菜乃)

由井先生のもとでもっと研究を続けたい

「子どもの頃から、おもちゃを分解しては組み立て直す、ということが好きでした。元通りにならないことがほとんどでしたけど」と笑うのは、工学部機械工学科4年の平尾蒼臣(ひらお・あしん)さんだ。

「ちょうど僕が入学した年に、由井先生も着任されたんです。なので3年生の夏の研究室見学までは、この研究室の存在を知らなかったんですが、海中太陽光発電という他にはない研究テーマに面白さを感じ、この研究室に入りました」

大学の屋上で日射強度と発電量の関係を調べたり、プールで水深と発電性能の関係を調べたり、あるいはフジツボがパネルに付着しないようにするにはどんなテクスチャーがよいか、などを考えたり、と試行錯誤の毎日。

「そうして、それまでできなかったことができたときや、うまくデータがまとまったときは、『このやり方でよかったんだ』と思える。研究の面白さを感じるのはそんなときですね」

大学のプールで行った実験の様子(写真提供/由井明紀)
大学のプールで行った実験の様子(写真提供/由井明紀)

この研究室のよさは、由井教授と学生の距離感が近いこと、という。

「由井先生はいつでも、どんな相談にも乗ってくれるんです。春から修士に進むのですが、進路に悩んでいたときもアドバイスをいただき、この先生のもとでもっと研究を続けたいと思ったのが決め手でした。先生は2年後に退職なので、僕も一緒に卒業したいと思います(笑)」

【大学メモ】

神奈川大学 1928年、横浜学院として創立。49年に大学設置。

理学部の横浜キャンパスへの移転にともない理工系学部を再編、2023年4月から11学部22学科1プログラムとなる。学部・大学院生数は1万7813人(22年5月1日現在)。

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