東京・渋谷で開催中の「クマのプーさん展」は、児童文学の古典的名著の原点を貴重な資料と共に紹介している。日本で最初にこの作品を翻訳したのは作家・翻訳家の石井桃子さん(1907~2008)。原作の言葉遊びを味わい深い日本語にした名訳として知られる。石井さんと公私にわたって親交のあった児童文学者・松岡享子さんに、プーさんの魅力を聞いた。

 著書「ノンちゃん雲に乗る」や「ちいさなうさこちゃん」の訳などで知られ、日本の児童文学に大きな功績を残した石井さんがプーさんと出会ったのは、1933年のクリスマスイブのこと。大学を卒業し、編集者として歩んでいたころだった。犬養毅の息子で、政治家で作家の犬養健(たける)と家族ぐるみの交際があり、家を訪ねたところ、クリスマスツリーの下に「プー横丁にたった家」の原書があった。

 本をプレゼントされた健の子ども、犬養道子(のちに評論家)らにせがまれ、口訳して聞かせた。この出会いを後に「からだも心も、ふしぎな世界にさまよいこんで、プーたちといっしょに遊んだ」と振り返っている。

 石井さんの人柄をよく知る松岡さんはこの出来事について「この本はとてもデリケート。子どもに独特の感性とロジックで展開されるので、大人は、石井先生のように柔らかい心を持っていないと楽しめない」と語る。

 その後、1940年に出版された翻訳本について「プーさんの声が聞こえていてその通りに書いているような特別な翻訳です。感性や音に対するセンスが表れていて、原作者ミルンの世界ではあるけれども、石井桃子の世界でもある。ぎこちないところが一切ない」と評価する。

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 プーさんの独特な世界は、主人公がぬいぐるみであることが大きい。「ミルンは想像のなかで、プーさんを子ども部屋やおもちゃ、百町森、田園といったものの中に置き、平和できれいな世界を作った。(松岡さんが訳した)パディントンが生きたクマで、現実味をもってロンドンで暮らすのとは対照的ですが、イギリス人が両方共に愛していることがおもしろいと思います」

 児童文学の中で、プーさんはどんな存在なのか。「子どもが知っている日常を題材にした、ユニークで先駆的な作品です。乳母がいるような上流に近い世界を描いていて、そこに限界があるという批評もあります。でもプーさんはイギリスのあらゆる階層に読まれ、よその国に行っても喜んで迎えられています。普遍性を持っているからこそのことだと思いますよ」

 プーさんの物語は、最後、主人公の男の子、クリストファー・ロビンがその世界から「いってしまう」ことで終わる。松岡さんは「切ない場面です。誰でもいつかは子ども部屋の世界を離れなければなりませんから」

 ただ、クリストファーはプーさんに、また森の魔法の場所に戻ってくることを約束する。「幼いころに空想することの楽しさを味わった人は、大人になってもそんな世界を楽しむことができると、作者が示しているんですね」

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 展覧会で紹介されているシェパードの挿絵について松岡さんは「何ともいえない無邪気さ、温かさ、愛らしさがあって、プーさんたちの声が聞こえてくるようです」と話す。また、児童文学の作者としての経験も踏まえて「成功した絵本はみな、挿絵が成功しています。作者が見えていなかったような細部を、画家が描くということもあるんです」と語る。

 原作と展覧会、読んでから見るか、見てから読むか。「一見地味ですが、プーさんの世界を知っている人なら、とてもうれしくなるような展覧会です。原作を楽しんでからの方が、さらに楽しいでしょうね」(ソウ喜郁)

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「ああ、くるよ、ほんとに。プー、ぼく、くるって約束するよ。」

「そんならいい。」と、プーはいいました。「プー、ぼくのことわすれないって、約束しておくれよ。ぼくが百になっても。」

――石井桃子訳「プー横丁にたった家」(岩波書店)のエンディングから

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 まつおか・きょうこ 1935年、神戸市生まれ。米国で児童図書館学を学ぶ。帰国後、児童文学の研究や翻訳、創作に従事。翻訳は「くまのパディントン」シリーズ、著作は「なぞなぞのすきな女の子」など、いずれも多数。74年、石井桃子さんらと東京子ども図書館を設立した。現在は同館名誉理事長。

 ■来月14日まで、東京・渋谷で

 ◇4月14日[日]まで、東京・渋谷のBunkamuraザ・ミュージアム。午前10時~午後6時(金曜、土曜は午後9時まで。3月21日[祝][木]、24日[日]、31日[日]、4月7日[日]の開館時間は午後8時までに延長になりました)。入館は閉館の30分前まで。休館日はありません

 ◇一般1500円、大学・高校生900円、中学・小学生600円ほか。音声ガイドは550円

 ◇公式サイト(https://wp2019.jp別ウインドウで開きます

 ◇問い合わせ ハローダイヤル(03・5777・8600)

 主催 Bunkamura、ビクトリア・アンド・アルバート博物館、朝日新聞社、フジテレビジョン

 協力 ウォルト・ディズニー・ジャパン、東京子ども図書館、日本航空、岩波書店

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