それは蠱惑(こわく)か神々しさか。どこかうつろな表情ながらも、一度目にしたら忘れられない魅力をたたえた女性を描いたマネ最晩年の「フォリー=ベルジェールのバー」が、約20年ぶりに来日する。9月10日、東京・上野の東京都美術館で開幕するコートールド美術館展に登場する傑作の謎に迫る。

 ■鏡像のずれ、マネが意図したものは

 「フォリー=ベルジェールのバー」は、英・ロンドンのコートールド美術館が所蔵し、めったに貸し出さない秘蔵作品だ。エルンスト・フェーヘリン館長は「複雑な設定やあいまいで謎めいた魅力は、近代生活のモナリザと言っても過言ではない」。

 フォリー=ベルジェールは今もパリ中心部でコメディーなどの芝居に使われている劇場で、オープンした19世紀後半は、バレエや曲芸、ダンスから珍獣の見せ物まで催すミュージック・ホールだった。

 当時はバーコーナーが客席を取り囲む遊歩場に点在し、接客するバーメイドは時に自らも売った。都市生活を初めて絵画化し近代絵画の創始者と呼ばれるエドゥアール・マネが、最晩年の主題に選んだのは、都市の光と闇を抱え込んだバーだったのだ。

 病魔に冒されていたマネは、フォリー=ベルジェールに何度も足を運び、最終的にはシュゾンという名のバーメイドを自宅に呼んでバーカウンターの一部を再現して描いた。敬愛する巨匠ベラスケスの「ラス・メニーナス」を意識し、同様の鏡のモチーフを選んだとも言われる。

 完成作は、1882年のサロン(官展)に出品。大人の社交場に集まった様々な身分の人々など同時代の風俗を活写する一方、画面の大部分を占める鏡像が「理解不可能な配置」と議論を呼んだ。そう、シュゾンの鏡像は本来真後ろにあるのが正しい。

 美術館の創設者である実業家サミュエル・コートールドが絵を入手したのは1926年。以来、長年にわたり、美術館ではこの「近代生活のモナリザ」の調査が続けられてきた。

 まず明らかになったのは、作品が何度も元の構成から変わっていることだ。

 マネが練習用に描いた習作では、女性は鮮やかな金髪で手も組んでおり、鏡像の反射関係は現実に近い。一方、今度は完成作品のX線画像の白い部分に注目して欲しい。絵の具の層が厚いところ=描き直したところ=ほど白くなる。へそ上あたりの白が濃く、元々は習作同様手を組んでいたようだ。今でも絵を横から見ると、角度によっては交差した手の痕跡が見えることもあるらしい。

 右奥のシュゾンの鏡像も当初より右にずれていった。現実への忠実さを捨てたのだ。同館保存部門責任者のアビバ・バーンストックさんは、「鏡像の関係としては正しくないが、客の男性とシュゾンの親密さを演出するため、位置を変えていったのでは」。

 見方は様々あり正確な画家の意図は分からないが、いずれにせよ鏡像が右に寄ることで、静物を収めた左右対称の三角形構図で描かれたバーメイドが、画面中央で絶妙な安定感と荘厳さを生み出した。同時に笑み無き表情は、社会の周縁に生きる者としての孤独や憂いのほか、官能や美などの解釈も許すあいまいさもはらんでいる。

 「近代絵画の創始者」が残した謎多き女。現代日本に暮らす私たちも、その瞳に心奪われる。(木村尚貴)

 ■セザンヌやゴーギャン約60点

 コートールド美術館は英国が誇る印象派・ポスト印象派の殿堂。改修を機に約60点が来日する。ルノワールが第1回印象派展に出品した「桟敷席」や、質・量ともに英国一のセザンヌのコレクションから「カード遊びをする人々」など油彩画10点、謎めいたタヒチの女性を描いたゴーギャンの「ネヴァーモア」など名作が目白押し。

 本展では、美術史研究や科学的調査の成果を元に、作品を“読み解く”鑑賞法を提案する。

 ■9月10日から、東京都美術館で

 ◇9月10日[火]~12月15日[日]、東京・上野の東京都美術館企画展示室。午前9時30分~午後5時30分(金曜は午後8時まで)。入室は閉室の30分前まで。月曜および9月17日[火]、24日[火]、10月15日[火]、11月5日[火]は休室(ただし9月16日、23日、10月14日、11月4日は開室)

 ◇前売り一般1400円、大学生・専門学校生1100円、高校生600円、65歳以上800円、中学生以下無料。当日券は各200円増

 ◇展覧会公式サイト https://courtauld.jp

 ◇問い合わせ ハローダイヤル(03・5777・8600)

 <主催> 東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション

 <後援> ブリティッシュ・カウンシル

 <協賛> 凸版印刷、三井物産、鹿島建設、ダイキン工業、大和ハウス工業、東レ

 <協力> 日本航空

 ※2020年1月3日[金]~3月15日[日]に愛知県美術館(名古屋市)、3月28日[土]~6月21日[日]に神戸市立博物館へ巡回

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