20世紀初め、英国の実業家サミュエル・コートールドが集めた印象派やポスト印象派のコレクションを紹介する、コートールド美術館展が開催中だ。東京・上野の東京都美術館の会場を、著書「怖い絵」シリーズで知られる中野京子さんと巡り、傑作の数々に秘められたエピソードを聞いた。

 ■19世紀末、歓楽の場で生きる女性たち

 コートールド美術館には、まだ世界のどこの館にどんな絵があるのか分からない頃に行き、名画ぞろいで驚いた記憶があります。いま来日している作品は、特に粒ぞろい。

 都美術館の会場では、コートールドさんが、作品を飾っていた自邸の写真を大きく壁紙にしているんですね。「あ、ゴーギャンの絵はずいぶん立派な部屋に飾ってあったんだ」というようなことが分かって、とても面白いです。

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 注目の一人は、ダントツでデッサンが上手なドガ。トーシューズをはく足の筋肉の付き方や、チュチュ(バレリーナのスカート)の透明感、空間の余白などが素晴らしい。印象派の画家の多くは、解剖学的な人体表現や“うまく”描こうという意識はあまりないので、そういう中でドガは、ぱっと目をひきますよね。19世紀も後半になると一般の人が絵を見る時代になったため、彼らになじみのある同時代の施設(パリ・オペラ座)を描いていますけど、もし100年前に生まれて歴史画や宗教画を描いていたら、権威あるアカデミーの重鎮になっていたはずです。

 ただバレリーナの顔はきれいに描いていません。一昔前の王侯貴族の肖像なら実物より3割アップが当たり前でしたけれど、そうした忖度(そんたく)は全くない。いまと違って当時のオペラ座のバレリーナの多くは娼婦(しょうふ)と同列に見られていた存在だったし、貧しい労働者階級出身でもあったから、あえて美しく描かなかったという説もあります。

 この頃のオペラ座は堕落の極みで、上流階級の社交場でもありました。お金持ちのパトロンを見つけるためにバレリーナという職業を選んだ少女も多かったようです。

 そういう背景を知らず、現代の芸術家としてのバレリーナと同じと思って見るのは、ちょっと怖いですよね。

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 展覧会の顔の「フォリー=ベルジェールのバー」は今年出した「運命の絵」の表紙にも使いました。マネの事実上の絶筆です。制作時は、梅毒が進行し足を切断することになっていました。手足の痛みに苦しみ、描いては休み、休んでは描くという状況だったのに、力強い傑作。

 パリのベルジェール通りの近くにあり、音楽から見せ物まで何でもありの歓楽の館フォリー=ベルジェールが舞台です。マネが敬愛するベラスケスの「ラス・メニーナス」を意識して、鏡をモチーフにしたイリュージョンを描いているわけですが、物語の密度がすごい。

 バーメイドと右側の男との関係性はどうなのか、この世も結局イリュージョンと言いたいのか……など色々と考えさせられます。モーパッサンの小説では、ここのバーメイドは「飲料水と春を売っている」と書かれています。貧しい女性は生きていくのに必死だったんです。

 彼女は運命の分岐点にいるのかもしれません。次から次へ新人が入ってくる競争の激しい職でしたから、若さを失えば、追い出されます。早く相手を見つけて結婚するか愛人になるかしなくては……うつろな表情で、そんなことも考えているのかもしれない。でもこの絵、コートールドさんがどこに飾っていたか分かっていないそうです。不思議ですね。その謎までドラマチック。

 SNSの作品紹介では、ルソーの作品が人気? それは意外です。

 でも、彼も変な人なんですよ。南国の絵をたくさん描き、「実際に行ったことがある」と答えていましたが、うそでした。それに窃盗や詐欺で2回もつかまっています。絵が素朴だからといって必ずしも、素朴な人物だったわけじゃないのが面白い。

 そういった裏の話も知って絵を見ると、また違った面白さがあると思います。(聞き手・木村尚貴)

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 なかの・きょうこ 北海道生まれ。作家・ドイツ文学者。早稲田大院修了。絵画エッセーや歴史解説書など多数発表。「怖い絵」シリーズを基にした一昨年の「怖い絵展」は68万人を動員し大ヒットした。最新刊に「欲望の名画」(文春新書)。

 ■12月15日まで、上野・東京都美術館で

 ◇12月15日[日]まで、東京・上野の東京都美術館企画展示室。午前9時30分~午後5時30分(金曜と11月2日[土]、20日[水]は午後8時まで)。入室は閉室の30分前まで。月曜および11月5日[火]は休室(ただし11月4日は開室)

 ◇一般1600円、大学生・専門学校生1300円、高校生800円、65歳以上1千円、中学生以下無料

 ◇展覧会公式サイト https://courtauld.jp

 ◇問い合わせ ハローダイヤル(03・5777・8600)

 <主催> 東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション

 <後援> ブリティッシュ・カウンシル

 <協賛> 凸版印刷、三井物産、鹿島建設、ダイキン工業、大和ハウス工業、東レ

 <協力> 日本航空

 <会場写真は岡田晃奈撮影>

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