アサヒ・コム
検索使い方

メインメニューをとばして、本文エリアへ 朝日新聞社からアスパラクラブクラブA&A携帯サービスWeb朝日新聞サイトマップ文字拡大・音声

天気住まい就職・転職BOOK健康愛車教育サイエンスデジタルトラベル囲碁将棋社説コラムショッピングbe

ここから本文エリア 現在位置asahi.comトップ > 遣唐使と唐の美術 > 主な出陳物の写真

asahicomトップへ
朝日新聞のイベント情報

特別展 遣唐使と唐の美術トップページへ
展示構成とみどころ 主な出陳物 展覧会図録の販売 関連催時(奈良)
主な出陳物
 
井真成墓誌せいしんせいぼし 1基
井真成墓誌 本体
井真成墓誌 フタ

身:縦40.3、横39.2、厚10.5/蓋:縦37.9、横37.3
伝陝西省西安市東郊出土
唐・開元22年(734)
西北大学文博学院
 石で作った正方形の蓋と身を一組にする、典型的な中国墓誌の形式を備えている。中国ではこの形が南北朝時代に確立し、以後長く受け継がれた。上流の人物の墓誌になると、一辺1mにも及ぶものがあり、有名な文人の手になる美文が、1行の字数と全体の行数とをそろえて刻まれるのが常だった。精巧な装飾文様を伴う例も多い。真成の墓誌は、形も小さく、短文で余白もあり、装飾はない。数千を数える中国墓誌のなかでは粗末な部類に属する。これは真成の生前の地位の低さを反映している。
 墓誌によると、井真成は生まれつきの優れた才があり、そのため君主の命で、唐に派遣された。唐では中国人としての身だしなみや教養を完全に体得し、懸命に勉学したので、将来役人になったら、かなうものはないと思われたが、734年正月に、36歳で急死した。時の玄宗皇帝は、その死を悼んで尚衣奉御という格式高い官職を贈り、葬儀を政府で執り行わせ、長安東郊を流れるさん河の東の原に埋葬したという。
 
▲このページのトップに戻る
螺鈿花鳥文八花鏡らでんかちょうもんはっかきょう 1面
螺鈿花鳥文八花鏡
青銅、螺鈿
径24.5
陝西省西安理工大学李すい墓出土
唐・8世紀
陝西省考古研究所
 中国における銅鏡は、古くいん時代頃から作例があり、以後、歴代にわたっておびただしい数の製品が制作され、巷間こうかんに広まっていった。時代によって大きさや意匠はさまざまで、唐時代には、この鏡のように、螺鈿という斬新な技法によってきらびやかな装飾をほどこしたものもかなり作成された。螺鈿とは、夜行貝やアワビ貝などの殻を削って文様の形に細かく切り、漆地や木地の表面にはり付けたり、め込んだりして研ぎ出した装飾技法である。貝の放つえもいわれぬ艶麗えんれいな輝きが時代の気風にあったものか、唐時代にはことに好まれたようである。日本へは、遣唐使の活躍した奈良時代に伝来し、工芸品の主要な装飾技法の1つとして普及していった。この鏡では、8花形の背面に、花鳥の可憐な姿を螺鈿によって上手に表現するほか、地の部分にも、ラピスラズリやトルコ石などの細片とともに貝片を散らし、ひときわ華やかな趣を演出している。
 この鏡が出土した墓の主・すいは、唐の第2代皇帝・太宗たいそう(在位626〜649)の第6代の子孫で、10代はじめ頃に亡くなったと推定されている
 
▲このページのトップに戻る
金銀平脱四鸞銜綬文鏡きんぎんへいだつしらんかんじゅもんきょう 1面
金銀平脱四鸞銜綬文鏡
青銅、金銀平脱
径22.7
陝西省西安市東郊長楽坡出土
唐・8世紀
陝西歴史博物館
 螺鈿と並び、平脱の技法も唐時代には盛んに用いられた。金銀などの薄板を文様の形に切り抜き、漆地に塗りこんで研ぎ出すという平脱は、金・銀・黒あるいは茶といった色彩の対比により、器物の見映えに光彩を与え、華麗な趣をもたらす。このような特徴が時代の嗜好しこうにかなったものか、唐時代には同様の技法を駆使した類品が少なからず見られる。この作品では、中心部と4方の蓮華文に銀を用い、両翼と両脚を伸ばし、じゅ(飾りひも)をくわえて颯爽と飛ぶ鳳凰ほうおうの姿を金によって表わすというように、金銀を巧みに織り交ぜ、端麗な意匠としている。中心のちゅう(つまみ)では青銅の地肌が見えているが、本来は、この部位にも漆が塗られ、金または銀の薄板が付けられていたはずである。なお、地の漆部は、修復により全面的に整形しなおされている。
 
▲このページのトップに戻る
鴛鴦唐草文耳杯えんおうからくさぶんじはい 1口
鴛鴦唐草文耳杯
銀・鍍金
高3.2、口径10.6-7.7
陝西省西安市何家村出土
唐・8世紀
陝西歴史博物館
 器の両側に耳のような把手はしゅ(とって)が付くことから耳杯と呼ばれる器である。耳杯は、紀元前5世紀頃からはじまる戦国時代にすでに作例があり、漆器をはじめ、陶磁、玉そしてこの作品のような銀などを素材として、唐時代頃まで盛んに制作された。大きなものは汁物入れ、小さなものは酒器として用いられたようで、歴世の作例は相当数にのぼる。
 この作品は、銀板を鍛造たんぞうして器の部分を形作り、別造の両耳を溶接して成形する。内外面には、魚々子ななこの細かな粒で地をびっしりと埋め、その間に、蓮華座にのる鴛鴦えんおう(おしどり)と唐草及び宝相華ほうそうげなどの文様を丁寧に刻出している。流麗な花鳥文と細密な魚々子文とがよく調和し、唐時代盛期ならではの端正かつ華やかな趣を醸し出している。
 この作品が出土した何家村かかそん遺跡からは、もう1点、同形同大の銀製耳杯が発見されている。
 
▲このページのトップに戻る
亀文桃形盤かめもんももがたはん 1枚
亀文桃形盤 1枚
銀・鍍金
高1、口径12.3
陝西省西安市何家村出土
唐・8世紀
陝西歴史博物館
 縁が浅く湾曲して立ち上がった桃形の盤の中央に亀の文様を立体的に表現し、そこに鍍金ときんをのせている。全体は鍛造たんぞうになり、亀の文様は、その裏側が文様の形に凹んでいることからわかるように、裏側からたたいて表にその形を突出させたものである。器の形となっている桃は、中国では、古来、不老長寿につながる食べ物として珍重され、また文様に採用されている亀も長寿の生き物としてあがめられるというように、めでたい事柄つまり吉祥きっしょうを題材とした器である。同じ発掘地点からは、熊、狐、鳳凰ほうおうなどをあしらった同様の盤が発見されており、この種の吉祥文が唐時代でもかなり愛好されていたことがわかる。今日から見ると、一見、何の変哲もない形や文様に思えるところもあるが、隅々まで神経の行き届いた成形法や、微妙な動きが表現された亀の文様、さらに斬新ざんしんな意匠構成など、唐時代盛期の優れた造形感覚と高度な技量がうかがわれる佳品といえよう。
 
▲このページのトップに戻る
孔雀文箱くじゃくもんばこ 1口
孔雀文箱

高10、幅12×12
陝西省西安市何家村出土
唐・8世紀
陝西歴史博物館
 何家村かかそんから出土した金銀器の中では、唯一、直方体をした銀製の容器である。この種の作例では舎利しゃり容器(仏の遺骨入れ)が大半を占めるが、唐時代の壁画などを見ると、侍女がこの種の器をささげ持つ場面が散見され、貴族階級の日常器としても用いられていたことがわかる。
 蓋・身とも、各面はそれぞれ1枚の銀板からなり、全体はそれらを溶接して組み立てられている。辺縁の所々に見える緑錆ろくしょうは、各面を溶接する際に使用された接着剤(銀と銅などの合金で銀鑞ぎんろうと呼ぶ)の成分が腐食したものである。蓋と身は、背面の2箇所に取り付けられた蝶番ちょうつがいによって連結され、開閉可能な仕組みとなり、正面には、錠を取り付けていたと見られる固定具が鋲留びょうどめされている。貴重な品々を収納しておくための機構と考えられよう。底面を除いた各面には、細密な魚々子ななこ文を地として、様々な文様が整然と刻出されている。正面と向かって右側面に一対の孔雀くじゃくと花鳥や山岳など、向かって左側面に2人の唐子からこ(童子)と犬に花鳥、背面と上面に花鳥、蓋の側面には唐草文が表わされている。いずれの文様も、下絵などによるのではなく、フリーハンドで自在に描出したようで、巧みな構図や、よどみのないたがね使いには、唐時代盛期の卓越した表現技巧をうかがうことができる。
 
▲このページのトップに戻る
重文 龍池鴛鴦双魚文碗りゅうちえんおうそうぎょもんわん 1口
国宝 龍池鴛鴦双魚文碗
銀・鍍金
高5.2、口径14.0
唐・7世紀
兵庫・白鶴美術館
 唐時代の金銀器は、国際色にあふれ、進取の気風に富んだ文化的な土壌を背景に、それまでに類を見ないほど高度な発達をとげた。この作品は、何家村かかそん出土の金銀器と並び、数ある唐代金銀器の中にあっても、器形、文様、技法のいずれも当時の最高水準を示す遺例である。大きさは比較的小ぶりになるものの、力強く外反する口縁の下に、下方にかけてゆったりした曲線を描く胴が続き、その下にすそ広がりの圏足が備わる。表面には、花弁文の内外に、宝相華ほうそうげ唐草を基調とする草花文と禽獣きんじゅう、蝶、雲などの文様が的確な刻線によって表現され、底裏にも流麗な宝相華文が線刻されている。器の内底には別製の銀板を接合し、そこに、龍の頭を中心として、鴛鴦(おしどり)、なまず、魚が波間に泳ぐ霊池の様を浮き彫り風に表現している。安定感と優美さ、さらに精緻せいちさをも兼ね備えた、唐代工芸の代表的な作例といえよう。
 
▲このページのトップに戻る
双魚文四花形杯・荷葉形托そうぎょもんしかがたはい・かようがたたく 1組
双魚文四花形杯・荷葉形托
銀・鍍金
杯:高3.5、径14×8/托:高1.5、長径20.2
河南省洛陽市伊川杜溝村唐斉国太夫人墓出土
唐・9世紀
洛陽博物館
 杯と托のセットは、中国では古くからあるが、このような装飾的な金銀器の作例は、唐時代後半以降にしばしば見られるようになる。この杯は、外面には文様がなく、内面の口縁に花弁文、内底に、花弁文で区画された中に、波文と双魚文が刻出されている。魚文は、中国ではめでたい文様つまり吉祥文きっしょうもんの一種として、しばしば工芸品の意匠に採用された。ここでは、酒あるいは茶などの液体を満たしたとき、その液体を通してあたかも水中に魚が遊泳するかのように見えるといった趣向も意識されていたのだろう。托の縁にも双魚文が配置され、その内側に、魚々子ななこを地として、鳥文と流雲文を巡らせている。薄手の器体や、間隔がまばらなたがね使いなどには、唐時代でも後半期にくだる金銀器の特徴が顕著に見られるが、いまも鍍金ときんの輝きがあざやかに残り、繊細な文様や器形と呼応して、気品ある作例となっている。
 
▲このページのトップに戻る
三彩鉢さんさいはち 1口
三彩鉢
通高54
陝西省乾県永泰公主墓(神龍二年〈706〉葬)出土
唐・8世紀
陝西歴史博物館
 永泰公主(684〜701年)は、名を李仙けいといい、中宗(在位683〜684年、705〜710年)の第七皇女である。大足元年(701)に兄の懿徳いとく太子(682〜701年)とともに祖母の則天武后(在位690〜705年)より死を賜わり、のちに中宗によって永泰公主の名を追贈され、神龍2年(706)に乾陵に陪葬された。永泰公主墓からは、1960〜62年の発掘調査によって、華麗な壁画のほか、各種の俑や陶磁器、金銀器など、千三百点以上の副葬品が発見されている。
この鉢は外側に鋭く稜が立っており、金属器の形を写していることが知られる。高台の削りもとくに丁寧である。精良な白色の胎土が用いられており、白化粧は認められない。内面は放射状に十二条の緑釉の帯を置き、さらに見込み全面にいわゆる蝋抜きの技法を用いて褐釉を重ねるという複雑な施釉法がとられている。外側は白地に緑釉、褐釉が筋状に流し掛けられている。8世紀初頭における最高水準の唐三彩の作風を示している。
 
▲このページのトップに戻る
三彩高脚蓮座付壺さんさいこうきゃくれんざつきつぼ 1口
三彩高脚蓮座付壺
通高54
陝西省西安市西郊熱電廠2号唐墓出土
唐・8世紀
陝西省考古研究所
 基部、蓮座、そして壺の3層で構成されている。基部はラッパ状に広がる脚と蜜柑形みかんがたに膨らんだ口部からなり、弦文があらわされた脚には褐釉が施され、一部に藍釉らんゆうが飛んでいる。口部には施釉がない。蓮座は中央がくぼんだ盤状で、3層の蓮弁文が飾られている。上層の蓮弁は藍釉、中層の蓮弁は褐釉が流しかけられ、下層の蓮弁は表に褐釉、裏に藍釉が塗り分けられている。壺は4面に獣面をあらわした貼花文ちょうかもんがあり、白地に藍釉と褐釉が流し掛けられている。当初は塔形の蓋を伴っていたと考えられるが、発見されていない。
西安西郊熱電廠2号唐墓は1999年に発掘され、小規模な墓葬でありながら、18件もの精美な唐三彩が出土したことで注目された。官吏や郷紳ではなく、富裕な商人の墓である可能性が指摘されている。また、出土した三彩は、釉色が深い点で、河南省の鞏義黄冶窯きょうぎこうやよう産の三彩とは異なっている。
 
▲このページのトップに戻る
重文 白磁鳳首瓶はくじほうしゅへい 1口
重要文化財 白磁鳳首瓶
総高28.1
唐・7世紀
東京国立博物館
 頭部は蓋になっており、下に棒状の栓を作ることにより安定がはかられている。くちばしは鋭く、ひとみには鉄絵具が点じられて前方を見据えており、緊迫感をたたえている。背面には紐を二本合わせた形の把手はしゅが付けられている。純白できめ細かい素地に、わずかに黄みを帯びた透明釉とうめいゆうが薄く施されているが、焼成時の火度が不足したためか、光沢を失っている。
 鳳凰の頭部をかたどった口をもつ鳳首瓶は、「胡瓶こへい」の名で呼ばれるように、ササン朝ペルシアの水注に起源をもつ器形とされている。胴下部の台脚の形状は、金属器を写したようにも見えるが、底裏に同心円状に一条の刻線があることから、ガラス器の形を模したものと考えられる。胴部の美しいふくらみがとくに印象的な、唐白磁を代表する優品として知られる。
 
▲このページのトップに戻る
三彩馬さんさいうま 1躯
三彩馬
高71.2
唐・8世紀
東京国立博物館
 唐時代には西方より多くの名馬がもたらされた。貴族たちにとって馬は大切な宝であり、愛馬の姿をあらわした馬のようが数多く製作され、貴族の墓に収められた。
 この馬は見事な馬具で美しく飾られている。いわゆる引き馬であり、その雄姿を人々に見せるための晴れの姿である。たてがみは短く刈られ、尾は束ねられている。顔には華やかな装飾が施された面懸おもがいが付けられ、体には杏葉ぎょうようを下げた革帯がめぐらされている。均整のとれた体躯たいくをほこり、気品にあふれ、今にも駆け出しそうな生気までが活写されている。
 
▲このページのトップに戻る
重美 三彩貼花文鳳首瓶さんさいちょうかもんほうしゅへい 1口
重要美術品 三彩貼花文鳳首瓶
高35.6、口径8.7×5.8、胴径16.8
唐・7〜8世紀
兵庫・白鶴美術館
 口部を鳳頭形に作った、異国趣味豊かな造形である。卵形の胴部は五つの文様帯に区切られ、型抜きの鳳凰文、パルメット文、蓮弁文で豪華に飾られている。把手はしゅは植物の茎をかたどっている。貼花文による装飾は北朝時代後期より隋、唐時代にかけてさかんに行われ、青磁、白磁、黄釉おうゆう、三彩などの作例がある。この鳳首瓶は、均整のとれた美しさと華やかさにおいて、最も完成度が高い作品ということができるだろう。釉薬は緑釉と褐釉とが筋状に流しかけられており、貼花文の各所に溜まっている。唐三彩の色使いとしては控えめであるが、華麗な貼花文を引き立てるための配慮であろう。
 
<<「特別展 遣唐使と唐の美術」トップページへ戻る
 
asahicomトップへ
朝日新聞のイベント情報GoUpToThisPage

ニュースの詳細は朝日新聞へどうぞ。購読の申し込みはインターネットでもできます。
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 朝日新聞社から | サイトポリシー | 個人情報 | 著作権 | リンク | 広告掲載 | お問い合わせ・ヘルプ | Copyright Asahi Shimbun. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission