現在位置:asahi.com>食>コラム>スイーツの心得> 記事 ベジ・スイーツを甘く見るな!2007年07月06日 冬瓜(とうがん)のお菓子をごちそうになった。京都の料亭「和久傳」の今夏の新作である。名は「冰瓜(ひょうか)」。ざっくりと切った冬瓜を梅酒で煮て、ジュレと合わせてある。ごくほのかな甘みのつるりんとした物体が喉元(のどもと)を落ちていく快感……。その時、ふと思った、「お菓子とは甘くなければならないものなのか? 」
最近、「べジ・スイーツ」という言葉を聞くようになった。野菜のデザート、ベジタブル・スイーツの略語である。中目黒の「ポタジエ」というケーキ屋さんが代表格として紹介され、人気を集めている。食べてみると、甘さ控えめ、軽くて、喉通りよく、後を引く。「マンゴーキャロット」や「カプレーゼ」など、デザートというより前菜のような印象の品も多い。レストランでは「トマトのソルベ」や「赤ピーマンのプリン」といった野菜のデザートにしばしばお目にかかってきたけれど、お菓子屋さんでは市民権を得ていると言い難い。それだけに、注目度も高い。 「ポタジエ」のケーキを食べてほどなくの頃である、和久傳の「冰瓜」と出会ったのは。ガラスの器に入った冬瓜とジュレには、すりおろした蓮根(レンコン)がしのばせてあって、つるりんの中にシャリシャリが感じられる。和久傳の女将(おかみ)さんは、「冬瓜は味がないから」と言う。その一言が意味するところは大きい。味がないから、甘く濃くすることもできただろう。けれど、そうはしなかった。有るか無きかの甘みだ。お菓子だからと言ってことさら甘くしていないことが、冬瓜の個性を保ち、菓子としての品を醸し出している、と私は感じた。 お菓子は甘くなければならないものだろうか? 甘くあるべき物はしっかり甘いほうがいい、とは常々思う。けれど、「冰瓜」に出会って、「お菓子=甘い」に縛られないほうがいいのかもしれないと気付かされた。野菜のお菓子と聞いて、多くの人は「へぇ」と思うものだ。「野菜をわざわざお菓子に……」と。そして、甘く味付けされた野菜のお菓子を食べて、違和感を覚える人も少なくないだろう。それって、もしかしたら、野菜がお菓子になっていることへの抵抗感じゃなくて、野菜が甘いことへの違和感なのかもしれない。 「お菓子は甘くなければならないのか?」という命題に、私は社会における女性のジェンダーと同様のものを感じる。 長い間、「甘くてかわいい」のがお菓子の魅力だったのは間違いない。お菓子の作り手も食べ手も「甘くてかわいい」を追求してきたと言える。「冰瓜」は「甘くてかわいい」から一歩飛び出した。お菓子らしくなければならない、甘くなければならないとの考えから解き放たれることで、素材の個性が発揮されることもあるのだ。女性が「女性らしくあらねばならない」との考え方から解放されることで自由になり、社会での地位を獲得していったのと、どこか似ているような……。お菓子が「甘くてかわいい」から脱皮する時が、そろそろやって来ているのかもしれない。 「材料は野菜で、しかも甘くないとしたら、それってお菓子?」と聞かれそうである。確かに。事実、ベジ・スイーツを食べると時折、「デザートというより前菜のよう」と感じてしまうのである。以前、山形の「ふき豆」をおみやげにいただいて、「お惣菜(そうざい)」とばかり思い、夕飯の食卓にのせたことがある。後から「お菓子」と知ってびっくり。考えてみれば、ふき豆は立派なベジ・スイーツ、日本伝統のベジ・スイーツだ。 「じゃあ、お菓子って何?」。そんな問いまで登場してきてしまいそうである。ベジ・スイーツは軽くて、喉通りが良くて、夏にぴったり……なんて気安く考えていたけれど、実はお菓子の本質を突くほど革新的なものなのかもしれない。甘く見ちゃいけませんね。
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