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紙面から from Asahi Shimbun

 【心に体に、積もる不安 朝日新聞社・被爆60年アンケート 1万3204人の回答から 】 (2005年7月17日 朝刊)

 全国の被爆者を対象とした朝日新聞社の「被爆60年アンケート」に、1万3204人が回答を寄せた。目に見えぬ放射線がもたらす急性症状の苦しみや、その後もつきまとう心身への不安が明らかになり、一方で被爆体験を次世代に伝える必要性を強く感じている姿も浮かんだ。集計結果と回答者の記述に基づき、被爆者の「からだ」「こころ」「くらし」などについて分析した。(アンケートは3〜4月、各都道府県の被爆者団体を通じて配布。朝日新聞に郵送してもらった)
 ◇主な質問と回答
 (数字は%。小数点以下は四捨五入。無回答・無効回答は省略)

 【からだ】
 ――被爆直後(45年末まで)に脱毛や出血など放射線の影響によると思われる急性症状はありましたか。
 はい=35▽いいえ=33▽わからない=32
 ――被爆が原因と思われる病気にかかったことがありますか。
 はい=38▽いいえ=19▽わからない=38
 ――現在、どんな病気にかかっていますか。(複数回答)
 白内障=40▽肝機能障害=22▽血液疾患=14▽がん=10▽甲状腺機能障害=9
 ――健康状態に不安を感じることがありますか。
 いつも感じる=45▽時々感じる=45▽感じない=6

 【こころ】
 ――被爆体験を夢で見ることがありますか。
 よくある=10▽時々ある=45▽ない=39
 ――被爆体験を日常生活の中で思い出すことがありますか。
 よくある=23▽時々ある=53▽ない=18
 ――出産や、子や孫の健康に不安を感じたことがありますか。
 ある=57▽ない=32
 ――被爆者であることで差別や偏見を受けたことがありますか。
 ある=20▽ない=72
 ――それはどんな時でしたか。(複数回答)
 結婚=17▽就職=3▽進学=1▽その他=2
 ――自殺を考えたことがありますか。
 何度もある=3▽時々ある=7▽ない=77
 ――「心の支え」は何ですか。(複数回答)
 家族との生活=61▽趣味=35▽地域・社会活動=22▽核兵器廃絶運動=18▽宗教の信仰=17

 【くらし】
 ――同居の家族はどなたですか。(複数回答)
 配偶者=62▽子や孫=36▽一人暮らし=15▽父や母=2▽その他=6
 ――介護保険制度で「要介護認定」を受けていますか。
 はい=15▽いいえ=80
 ――被爆したことで生活が不利になったと思いますか。
 思う=18▽思わない=39▽何ともいえない=38
 ――今後の生活で最も不安に感じることは何ですか。(択一)
 身の回りの世話をしてくれる人の存在=37▽収入や預貯金が少ないなどの経済事情=30▽専門の医療機関が地域にないこと=11

 【被爆者援護】
 ――被爆者援護法に基づく手当を受給していますか。
 はい=90▽いいえ=6
 ――受給中の手当に満足していますか。
 はい=41▽いいえ=47
 ――原爆症の認定基準をどう思いますか。
 現行でよい=13▽問題がある=29▽わからない・その他=48
 ――援護法に「国家補償」を明記するべきだと思いますか。
 思う=58▽思わない=3▽わからない・その他=31
 ――在外被爆者にも援護法を全面的に適用するべきだと思いますか。
 思う=54▽思わない=5▽わからない・その他=32

 【原爆被害・核兵器】
 ――原爆被害の責任はどこにあると考えますか。
 日米両政府=50▽米国政府=28▽日本政府=7▽わからない・その他=10
 ――米政府は被爆者に対し、謝罪や賠償をするべきだと思いますか。
 思う=62▽思わない=7▽わからない・その他=25
 ――米国内では「原爆で終戦が早まり、多くの人命が救われた」という世論が根強くあります。どう思いますか。
 憤りを感じる=50▽やむを得ない=25▽わからない・その他=18
 ――核兵器が使われる可能性があると思いますか。
 ある=59▽ない=6▽わからない=31
 ――核兵器は廃絶される方向にあると思いますか。
 ある=10▽ない=49▽わからない=35
 ――核兵器廃絶のため、日本政府に望む最優先の課題は何ですか。(択一)
 非核三原則の法制化=57▽北東アジアの非核化=12▽米国の「核の傘」からの脱却=9

 【記憶の継承】
 ――被爆体験を後世に伝えるべきだと思いますか。
 はい=89▽いいえ=3
 ――被爆体験を文章で書いたり、絵に描いたりしたことがありますか。
 ある=36▽ない=58
 ――被爆体験を誰かに話したことがありますか。
 家族に話した=25▽家族以外に話した=11▽家族と家族以外に話した=50▽誰にも話していない=9
 ――被爆体験は次世代に伝わっていると思いますか。
 十分伝わっている=4▽ある程度伝わっている=45▽あまり伝わっていない=38▽全く伝わっていない=3▽わからない=5


 ●学童・学徒、最も多く
 アンケートの回答者1万3204人は、どんな人たちなのか。
 女性48%(6313人)、男性46%(6010人)で、不明が881人。年齢は59歳が1%(191人)、60代が20%(2617人)、70代が52%(6931人)、80代が21%(2730人)、90歳以上が2%(316人)。被爆当時、学童・学徒だった人が39%(5112人)と最も多い。
 被爆の状況別では「直接被爆者」が48%(6292人)で最多。「入市被爆者」31%(4120人)、「救護被爆者」10%(1374人)。「胎内被爆者」は162人、「黒い雨」が降った地域にいた人は927人。
 被爆が原因で家族を亡くした人は34%(4431人)。内訳は複数回答で兄弟姉妹が17%、父親16%、母親13%、配偶者2%、子1%。父母と兄弟姉妹のいずれをも亡くした人が386人いた。
     *
 アンケートの集計・解析作業は、朝日新聞社と広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)が協力して実施し、担当記者と広島、長崎両大学の研究者が集計結果を分析した。研究者は次の通り。
 広島大前原医研所長、神谷研二教授(放射線障害医学)▽同大平和科学研究センター長、松尾雅嗣教授(平和学)▽同大原医研付属国際放射線情報センター長、大瀧慈教授(応用統計学)▽同センター、川野徳幸助手(平和学)▽長崎大原爆後障害医療研究施設長、朝長万左男教授(血液内科)▽同大教育学部、高橋真司教授(平和学)▽同大教育学部、舟越耿一教授(平和学)

 ◇回答者の職業等
 学童・学徒  39%
 市民(成人) 18
 軍人・軍属  16
 その他    22
 無効      5

 ○7回手術。もう一度14歳に戻して がん「急性症状」に多発
 髪が抜け、歯茎から血が出るといった被爆直後の急性症状に多くの人が苦しめられた。一時的な症状でおさまったはずなのに、その体験が60年後の健康の度合いに影響している傾向が、今回の調査で浮かび上がった。
 急性症状をかつて体験した35%(4618人)のうち、白血病や白内障などの被爆が原因とみられる病気にかかったことが「ある」と答えた人は66%おり、全体平均の38%を大きく上回った。
 急性症状体験者に現在かかっている病気をあげてもらうと、最も多かったのは白内障(43%)。次いで肝機能障害(26%)、血液疾患(19%)、がん(13%)、甲状腺機能障害(11%)。急性症状がなかった人と比べると、がん、血液疾患、甲状腺機能障害にかかっている人の割合は、ほぼ2倍だった。
 回答者の東京の女性(73)は広島で被爆して急性症状に苦しみ、今までにがんや肝機能障害で7回の手術を受けた。「もう元の体にはもどれません。(略)原爆さえなかったら結婚もしてただろう。もう一度14歳にもどしてほしい」と書いた。
 昨年5月、舌がんを摘出した広島の女性(78)は、その2カ月後、まぶたの上に悪性腫瘍(しゅよう)ができた。女性は急性症状を体験し、血液疾患や白内障の病歴もあった。

 <朝長万左男・長崎大教授の話> 急性症状を体験した人は、被爆が原因と思われる病気にかかるうちに、「次はがんか」という不安に襲われる。若年被爆者(被爆当時10歳未満)もがんを発症しやすい年齢期をすでに迎えており、心のケアの態勢づくりが急務だ。

 ◆キーワード
 <原爆の急性症状> 大量の放射線を浴びて体の細胞が破壊されたことで、被爆後短期間に起こる脱毛や出血、発熱、下痢などの症状。遮蔽(しゃへい)物がなく、爆心から1.3キロ以内(放射線量1グレイ以上)で被爆した直接被爆者にみられるとされていたが、2キロ以上離れた場所での被爆や、入市被爆者にも残留放射線の影響などで同様の症状があったことが近年指摘されている。

 ○結婚を反対されたこと、忘れない 差別を体験、自殺も考え
 被爆者であることで差別や偏見を受けたことが「ある」と答えた人は20%(2674人)で、男女比は女性54%、男性40%、性別不明6%。
 居住地別では広島と長崎ではともに17%が「ある」と答え、両県以外の都道府県では平均で24%。被爆地を離れて暮らす人の方が差別や偏見にさらされる割合が高かった。
 差別を受けたのは「どんな時か」(複数回答)の内訳をみると、結婚(84%)が大半を占め、就職、進学と続いた。
 回答者の福岡の女性(78)は、被爆者であることをかつて交際相手の両親に話したら反対され、結婚できなかったことを書き、「忘れもしない」と振り返った。
 また北海道の男性(76)は「被爆後いろいろな風説が出た」といい、就職希望先から「いつ死ぬかわからない人を雇えないと云(い)はれた時のショック」が今も記憶から離れないと訴えた。
 一方、自殺を考えたことが「ある」と答えたのは10%(1364人)。うちほぼ3人に1人は「何度も」と答え、その6割は結婚や就職などで差別体験があった。
 自殺を考えたことがない人(77%=1万213人)は、別の問いで、話し相手が身近にいると回答した人が9割以上、家族との生活が心の支えと答えた人が6割以上にのぼり、人とのつながりの大切さをうかがわせた。

 <川野徳幸・広島大助手の話> 被爆地以外の地域で差別体験者が多いのは原爆被害の実態があまり知られていないことの表れだろう。差別を受けたことがないと答えた人の中には、自分や家族を守るために被爆者であることを隠して生きてきた人も少なからずいるのではないか。
 ◇差別を受けた体験
 ある         20%
 ない         72
 その他(無回答など)  7

 ●差別を受けた体験がある人の男女比
 男性   40%
 女性   54
 性別不明  6

 ●差別の種類(複数回答)
 進学   3%
 就職  17
 結婚  84
 その他  8

 ○原爆の責任論 怒りの対象、世代で差
 原爆被害の責任論に対する考え方は被爆地の広島・長崎で微妙な違いが出たほか、世代間でも認識の差があった。
 「原爆で終戦が早まり、多くの人命が救われた」という米国世論に「憤りを感じる」人は全体で50%だった。広島、長崎に住む人はともに45%で、全体平均を下回っていた。
 米政府は被爆者に「謝罪・賠償をするべきだ」と考える人は全体で62%。長崎が62%で平均と同じだが、広島は56%と低かった。被爆者援護法に国家補償を明記すべきかという問いに「思う」と答えた人も長崎が57%、広島51%で、やはり広島が下回った。
 原爆被害に向き合う被爆地の姿は、広島が反核運動にいち早く立ち上がり、長崎はキリスト教信者が爆心地付近に多かったため、「怒りの広島、祈りの長崎」と言われることがある。しかし今回の調査は、歴史的経緯や印象から単純に両被爆地を色分けできないことを物語る。  心の支えに「宗教の信仰」を選んだ人は、広島が18%で、16%の長崎より多かった。
 一方、原爆被害責任について世代別にみると、「責任はどこにあるか」の問いに「米政府」と答えた人は70歳以上で30%いたのに対し、70歳未満では23%だった。逆に「日米両政府」と答えた人は70歳以上が48%なのに70歳未満は54%に達し、若い時に被爆した人ほど日本にも責任があるとの認識をもっていることを示した。

 <高橋真司・長崎大教授の話> 原爆被害の責任については、戦時中、米国を敵国とたたき込まれた世代と若年被爆者の意識の違いがくっきり表れた。日米両政府の責任を若年被爆者らが問う意見の背景には、十五年戦争を始めた日本の加害責任を見据え、米国の『核の傘』に頼るこの国の現実も批判する意識があるのではないか。

 ◆キーワード
 <全国の被爆者> 厚生労働省の統計によると今年3月末現在、47都道府県に26万6598人が暮らす。平均年齢73歳。被爆地に住む人の数は広島県12万人余り、長崎県7万人余りで、全体の72%。主な地域では福岡県約9千人、東京都約8千人、大阪府約8千人、愛知県約3千人。