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紙面から from Asahi Shimbun

【(被爆75年)被爆者アンケート 「被爆体験話す機会を。早くしないと間に合わない」】 (2020年7月24日 朝刊)

 朝日新聞は広島、長崎への原爆投下から75年となる今年、全国の被爆者にアンケートを実施し、768人から回答を得た。被爆体験が次世代に「十分」「ある程度」伝わっていると答えた人が48・2%だったのに対し、「あまり」「まったく」伝わっていないが43・7%と拮抗(きっこう)。被爆者の平均年齢が83・31歳となる中、その体験をどう継承していくか。課題が浮き彫りとなった。

 全国の被爆者を対象に実施したアンケートには、進まぬ核兵器廃絶に対する焦りがにじむ。そして被爆者の超高齢化が進む中、あの日の記憶をどう継承していくのか。アンケートに記された「声」は、その課題を私たちに突きつけている。

 ■次世代に「伝わっている」「いない」、拮抗
 有効回答が得られたのは768人。厚生労働省によると、被爆者の平均年齢は83・31歳に達し、アンケートの回答者の平均年齢もやや高い84・63歳だった。この768人のほか、84人については遺族から亡くなったと連絡があった。
 被爆当時の記憶の有無を聞くと、80代では「はっきりある」が86・9%を占めるが、70代では14・8%にまで急落する一方、「まったくない」が44・8%にのぼる。原爆投下時の惨状を体験として語ることができる人が少なくなっているのが現状だ。東京都文京区の吉重(よししげ)信さん(76)は「幼児のころに被爆した世代が努力する必要がある。被爆当時のことは伝え聞いたことを話すしかないが、被爆後をどう生きたかは話せる」と記す。
 被爆者でなくとも、被爆体験の「伝承者」として体験や願いを語り継ぐ活動に取り組む人もいる。こうした活動について聞くと、「評価する」が81・6%。「我々の願いを受けとめ、次の時代の人々に伝えようとして下さるお姿に、頭の下がる思いで一杯です」(広島県廿日市市の柳川良子さん・91歳)。「実体験した者にしかわからない、などと言っていたら何だって共有できない」(兵庫県芦屋市の副島圀義〈くによし〉さん・74歳)。
 次世代に対し、被爆体験が「伝わっている」と「伝わっていない」が拮抗(きっこう)。福岡市の小野美恵子さん(78)は「体験者が話す場所、機会を少しでも多く作ってほしい。早くしないと間に合わない」と危機感を募らせる。「語り部をすると、ほとんどの方は証言を聞くのは初めてだというが、しっかり聞いてくれる。もっと全国でも色々な折に伝えて頂きたい」(名古屋市の稲垣慶子さん・89歳)という声もあった。
 東京都日野市の片山(のぼる)さん(88)は「過去の物語でなく、現在を生きるうえで最大の課題としてとらえることが大切」。広島市の吉川幸子さん(79)は「街はきれいになり、75年前の惨状は想像もつかない。原爆遺構を残して、伝えなければ」と提案する。

 ■「唯一の被爆国、真っ先に」 核禁条約、「日本も批准すべき」71%
 核兵器廃絶は被爆者が生きている間に見届けたいとする悲願だ。だが世界に対してその体験や思いが「伝わっていない」(57・1%)と思う人が、「伝わっている」(33・2%)を大きく上回った。核大国の米ロ関係が冷え込むなか、悲観的な見方が広がっている。
 「核兵器は廃絶される方向にあるか」をきくと、55・6%は「いいえ」、世界で核兵器が使われる危険性については62・1%がこの5年間で「増した」とした。「世界の現状を見る時、ただただ残念というほかはなく、絶望感を覚えます」(東京都足立区の新宅貴久栄さん・90歳)。
 一方で、2017年7月に核兵器の保有や使用を法的に禁じた核兵器禁止条約が国連で採択された。「その日の深夜、ネットで確認しましたが、今は亡きお世話になった先輩の方々の顔が浮かび、一人涙しました」(東京都八王子市の上田紘治さん・78歳)。71・4%はこの条約を日本も批准すべきだとしている。
 だが、日本政府は米国の「核の傘」のもとの安全保障を重視し、背を向けたままだ。日本が核兵器廃絶に積極的だとする人は11・3%で、79・8%が否定的な見方だ。神戸市の貞清百合子さん(81)はこう記す。「世界で唯一の被爆国だからこそ、真っ先に批准すべきです。批准しないのは恥ずかしいです」

     ◇

 ■<視点>声に耳を傾けてみませんか
 余白までみっちりと書かれたあの日の体験、被爆後も苦しんだ病魔や差別。まるで遺言のような、「最後にお役に立てれば」という一筆。768人の回答には、それぞれの人生が凝縮されていた。
 その一方で、「体験や思いが伝わっていない」という回答が4割以上もあったことを、どう受け止めるべきなのか。私は5年前のアンケートも担当したが、その時以上に「焦り」や「諦念(ていねん)」を感じた。核廃絶を見届けることがないまま、40年前に最多の37万人超いた被爆者は、今は13万人台に減っている。私は11年前、31歳のときに長崎へ、その5年後に広島へ赴任し、多くの被爆者の話を聞いてきた。しかしそれまで直接話を聞いたことがなかった。機会はあったはずなのに。
 体験を語り継ぐことは、核兵器廃絶への第一歩だ。コロナ禍で「オンライン化」が進む中、被爆者の証言会が日本語だけでなく、英語でも開かれている。まだ、間に合う。今夏、被爆者の声に耳を傾けてみませんか――。(大隈崇)

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 ◇朝日新聞は2005年から5年ごとに全国の被爆者健康手帳の保有者(被爆者)を対象にアンケートを実施。今回は、15年に日本原水爆被害者団体協議会の協力を得て実施したアンケートの回答者5762人のうち、住所の記載があった全国の2068人に2月下旬に郵送し、海外在住の1人にメールで送った。母親の胎内で被爆した73歳から103歳(3月末時点)まで、40都道府県の768人(37.1%)から有効回答があった。被爆した場所は広島525人▽長崎240人▽両市1人▽未回答2人だった。また66人(8.6%)は親族らによる代筆だった。