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 研究拝見
AANのOBを中心にアジア関連の最近の研究を紹介します
インターネット新聞攻勢に揺れる韓国新聞界

紙同士の競争も激しく近未来の日本先取り

内山 眞
朝日新聞総合研究本部主任研究員

内山 眞
内山 眞

日本の「失われた10年」の間に、経済拡大を急速に進めた中国や、構造改革とIT化を進めた韓国。これらアジアの隣国を子細に観察すると、むしろ日本自身の抱えている問題や進むべき方向が見えてくる――アジア取材の長い、ある同僚の述懐だ。自由で民主化された社会の中のメディアという点で、韓国の新聞界は日本の新聞界と共通するものを多く持つ。その内実を探ると、IT化では米国よりも先を行っているメディア状況の中で、古い媒体である新聞が苦闘を続けている姿が浮かび上がってくる。そのあり様は、対岸の火事というより、近未来の日本の状況を思わせるものだ。他人事とはいえない韓国の現状に、この同僚の言がぴたりとあてはまる思いがした。

韓国メディアのIT化の進展を象徴するのが、インターネット新聞の出現だ。紙の新聞の母体を持たず、インターネット上だけで情報媒体の役割を果たす。その代表格の『オーマイニュース』(OhmyNews)は、「市民記者」からの記事を掲載し、中小の新聞の部数をしのぐ「訪問者」がある。既存の新聞のあり方を強く批判し、昨年の大統領選挙で盧武鉉候補が終盤の大逆転を果たす原動力にもなった。読者数、影響力からいって無視できない存在になっている。日本でなら一時的には話題になっても長続きは難しいのではないかと思われるインターネット新聞が、韓国ではしっかりした土台を築いたように見える。

日本と同様に若い世代が新聞を読まなくなる傾向は韓国でも強い。その若者層がインターネット新聞を支持している。では、それを迎え撃つ新聞界はどうするのか。昨年から今年にかけて韓国主要紙がとったのは、自社のニュースサイトの充実、中でもニュース速報体制の確立だった。新興のインターネット新聞には追随できないニュースの取材力や、本格メディアの総合力で勝負をかけている。その土俵は同じインターネット上にある。

しかし、自社のサイトがあまりに充実したものになると、母体の新聞はなおさら読まれなくなるのではないか。この疑問に、韓国の新聞人は否定的だった。インターネット新聞の独走を許していては、新聞の生き残る道はない、という判断がまずあり、若者の好むインターネット上で自社のブランドをアピールし、再び若者をこちらに向かせる、という戦略が、主要紙では共通だ。

一見捨て身とも見える主要紙のこの作戦は、全国紙5紙が比較的安定した状況をつくっている日本から見ると極端なものにうつる。しかし全国紙だけで14紙がしのぎを削り、「メディア戦国時代」ともいえる韓国では、こうした作戦に違和感はないようだ。

既存紙からの反転攻勢を受けて、インターネット新聞側も次の手を模索中のようだ。この勝負にどんな決着がつくか予断を許さない。今年七月に東亜日報を中心として現地でその模様を見たが、日本の新聞も近い将来直面するような事態が今後も次々と表面化するという予感を持った。

世界最先端を行く韓国のIT化

韓国のIT化の進行ぶりは、世界最大といわれるブロードバンドの普及率が象徴している。インターネット利用者も今年6月現在で2860万人となり、人口4700万人の60%。日本のネット普及率48%に大分水をあけている。インターネットをつなぎっぱなしにし、高速、大容量データのやりとりが普通に行われるので、ネット上のメディアでは動画や音声、動きを伴うグラフィクスが目玉になってきている。

ネットの利用が日常生活や仕事の一部になる現象が、若い層を中心に急速な広がりを見せており、こうした層を指して、ネットとシティズンを合成した「ネティズン(netizen)」という言葉が普通に使われている。

こうしたIT化の進行に対応して、韓国の既存紙はこれまでも様々な工夫をこらしてきた。数年前から必ず記事に署名をつけ、筆者のメールアドレスを記事末尾に明示している。また、記事データベースはこれまでのところ原則として無料で公開してきた。東亜日報はこの七月から課金に踏み切ったが、それまでは、無制限の記事の検索、さらにダウンロードも可能だった。署名記事が一般化した結果、ある記者が、あるテーマについて過去にどんなことを書いてきたかも、無料で、無断で、瞬時に調べ上げることができた。 記者のアドレスには、記事の反響が直接書き込まれる。その中には口汚いものがかなり混じるというが、各紙とも「IT時代とはそういうもの」とあまり気にしていないようだ。

紙面上の工夫と並行して、主要各紙はそれぞれ自社のニュースサイトをつくり、運営の主体として別会社を設立した。サイトの言語は韓国語と英語のほか日本語と中国語があるのが共通している。東亜日報の場合、96年に設立された別会社マイダス東亜(現東亜ドットコム)はIT化の波に乗って事業を拡大し、編集局からの記事提供だけに頼らないため、自前の記者も約50人そろえ、「ミニ編集局」といわれるほどになった。新聞社を母体としたニュースサイトにビジネスチャンスがあると見込んでのことだが、実際には赤字を増大する結果となり、この膨張政策は00年に方向転換される。全体で120人にふくれあがった総人員は、経営陣の交代もあって、約3分の1に縮小された。現在は再び業務拡大の方向で、55人にまで戻ってきている。

既存紙否定する『オーマイニュース』

このように新聞社のニュースサイトを中心に情報メディアが広がる中で、『オーマイニュース』がスタッフ4人でスタートしたのは00年2月。社長の呉連鎬(オヨンホ)氏は、当初ページビューが1日2万もあればいい方だと思っていたが、現在では平均1000万、昨年秋の大統領選挙のときは2000万にもふくれた、という。「訪問者」数に換算すると、それぞれほぼ2000人、100万人、200万人と見ている。武器となったのは前述の市民記者の動員。ニュースを受け取るだけでなく、自らニュースを発信する読者というコンセプトが若い層に共感を呼んだ。現在2万6000人の市民記者から1日に150〜200本の記事が送られてきており、その60−70%が掲載されている。

しかし『オーマイニュース』が成功したのは、こうした仕掛けだけが要因ではない。その主張が明確に既存の新聞のあり方を否定したことの方が、むしろ重要かもしれない。

韓国では、ある意味では日本以上に新聞に権威があるとされ、新聞記者は志望する職業としてトップクラスを保っている。主要紙は給与水準も高く、入社試験の倍率の高さや志願者のレベルの高さは定評がある。咋年の東亜日報の募集で、英語のTOEICで満点の成績をとっていた志願者の数が募集人員を上回り、博士号を持った受験者が42人に上ったほどだ。一方、主要各紙は、金大中政権後期にこぞって政権に批判的立場をとり、政権側は各社の脱税疑惑を摘発、両者は全面対決の様相を見せていた。

大統領に当選した盧武鉉氏は、運動期間中にこうした新聞の権威主義と閉鎖主義の体質を指摘し、強い批判を浴びせた。それもあって主要各紙は対立候補の李会昌氏支持を明確にしていた。大統領選挙への投票はこれまで若い層の棄権が多く、若者の支持率の高い盧氏は不利という予測が選挙前は強かったが、『オーマイニュース』を中心とするインターネット新聞の呼びかけで選挙直前に支持率が逆転するという現象が起こった。特に投票前夜になって盧氏支持を撤回した鄭夢準氏の動きに対しても、『オーマイニュース』の投票呼びかけが功を奏し、当日の出口調査で午前中は李候補がリードしていたのが、午後になって一挙に逆転した。

若者層を中心として大統領選挙の結果を左右するほどの影響力の大きさは、韓国社会をあっと言わせた。「10年前の(金泳三大統領が当選した)選挙は新聞が、5年前の(金大中大統領が当選した)選挙はテレビ(の公開討論)が、今回はインターネット新聞が左右した」と、新聞界の誰もが認める。

記者クラブ開放の原動力に

インターネット新聞を支持する若者たちは、盧大統領の指摘する権威主義を既存の新聞に感じるという。韓国社会のエスタブリシュメントを代弁する存在、軍事独裁政権の間は、政権ににらまれた記者を解雇して、政権に妥協しながら生き延びた存在、として、共感を持つメディアではないというのだ。その点で、民主化闘争を闘った世代が、既存の新聞に違和感を持ちつつ、学生時代に集まって意見を交わした広場に似た存在であるインターネット上の広場に、再び自分を表現する場をみつけたという面がある、との指摘も聞いた。その意味で、インターネット新聞の支持層は、20代の若者層だけでなく、70年代、80年代に学生運動に参加し、その後各界に進出した30代から40代の年代にも広がっている、とみられている。この層は、数年前から「三八六世代」(30歳代で、80年代に学生生活を送り、60年代生まれ)と呼ばれる、今の韓国の活力を代表する世代とも重なり合う。

新聞記者の給与が高く、社会的な地位が高いことも、権威主義批判ではマイナスの要因にされている。『オーマイニュース』の呉社長は、「新聞記者が財閥系の大企業社員より高い給与をとっているのは正しくない。普通の人の生活感覚と離れてしまう」と批判する。また、インターネット新聞は、既存の新聞が閉鎖的に運営していた記者クラブ制度にも風穴をあけた。青瓦台(大統領府)のクラブをすべてのメディアに開放し、それまで49社87人の規模だったのが、今年7月現在で300人近くが所属するようになる原動力となったのだ。記者クラブ開放に踏み切った盧大統領は、就任後初の単独会見を『オーマイニュース』相手に行っている。日本で長年にわたって弊害が指摘されている記者クラブ制度の改善が遅々としている間に、韓国では一夜にして開放に進んでしまった形だ。

広告収入頼り、昨年から黒字化

その『オーマイニュース』の経営は、安定的なものになっているのだろうか。インターネット上の情報はタダが常識となっている韓国で、『オーマイニュース』も有料化を課題にしている。しかし、近い将来に実現とは考えていない。その分、広告が収入の主要部分を占め、呉社長によると全収入の7割。残りは、他のポータルサイトへの情報提供料などという。その他収入の中に「自発的有料化」という項目があるが、これは掲載記事に共感したり、評価できると思ったりした読者からのカンパだ。単位は500ウォン(50円)。サイト上のボタンをクリックするだけで申し込みができ、決済は携帯電話利用で簡便にできるようになっている。熱心な読者からは5000ウォン、1万ウォン(それぞれ500円、1000円)のカンパもあるという。

呉社長によると、広告収入は発足2年目から入るようになり、評判をとるにつれ増大して、02年から全体の経営は黒字に転じた。03年に入って景気の後退から広告事情も悪化しているが、黒字基調は変わらないという。支出面では30人の従業員の人件費と市民記者からの原稿への謝礼、自社の記者の取材費などが主だ。従業員の給与水準は「中小企業の中ではいい方」(呉社長)、原稿謝礼は重要性に応じ2000ウォン、1万ウォン、2万ウォン(それぞれ200円、1000円、2000円)に分かれ、深層取材には取材費も負担するという。

ソウル中心部の雑居ビルにある『オーマイニュース』の本社はこぢんまりとした規模。それほど広くない大部屋で20人弱の若い記者たちがきびきびと働き、日本の新聞社の大きな支局のような雰囲気だ。記事を書くことを訓練されていない2万6000の市民記者から来る1日150本以上の原稿の点検には、8人の専門編集者があたる。事実関係の確認、名誉棄損の危険回避など神経を使う仕事だが、これまで軽微な訴訟はあったもののおおむね問題なしできているという。

しかし危ないのは、掲載された記事に対する意見などの書き込みの中に、噂やデマを入れてしまう場合だ。最近では、有名タレント死亡の誤報を書き込んだ学生や、「与党内の粛清すべき人物リスト」を書き込んだ労働者が警察の捜査の対象になった。また、ローソク・デモを提案した読者の寄稿として紹介されたものが、実は『オーマイニュース』記者の自作自演だった、などといった不祥事も報告されている。

週刊無料紙発行には疑問の声も

IT時代の申し子のような『オーマイニュース』だが、実は印刷媒体にも手を出している。サイトと同じロゴを使った16ページ建の週刊新聞だ。印刷部数は10万部。欄外には年間5万ウォン(5000円)の購読料と書いてあるが、同社によるとこの5万ウォンは郵送料で、定価としては無料。主に地下鉄駅などに置かれ、『メトロ』同様に広告料収入を支えとする無料新聞として配られている。「オンライン新聞からオフライン新聞への逆行なのか」との問いには、「コンピューターで『オーマイニュース』を見る手段のない人への広報宣伝の手段だ」との答え。内容は、サイトに掲載されたものの再利用とのことだ。

こうした無料新聞への進出について、既存新聞の中で『オーマイニュース』に共感を示す人の中からも疑問の声が出ている。会社の規模が大きくなり、社員の給料を確保するために収入の多角化をはかったようだが、紙面がイエロージャーナリズムに流れる危険がある、という批判だ。昨年末の大統領選挙で大きな見せ場を作って以来、その後はこれといった話題に乏しい。また盧政権支持の立場なので、かつての政府批判や権力批判の歯切れの良さは影をひそめてしまった、ともいう。現在のページビューの数も1000万よりは相当低いはず、とか、広告収入もページビューの減と景気後退が重なって苦しいのでは、といった観測が主要紙では強くなっている。一本調子で上り坂を登りつづけてきた『オーマイニュース』も、踊り場にさしかかっているようだ。  

専門家記事で勝負の『プレシアン』

『オーマイニュース』と並ぶインターネット新聞の『プレシアン』は、運営方法、規模、論調などでかなり違っている。読者との双方向性はもちろん売りなのだが、一般市民記者の形はとらず、専門家読者の寄稿中心の形をとっている。企業のCEO、大学学長から市民団体責任者、研究者など様々な分野の専門家約200人。直接原稿を書く場合と、材料の提供を受けて記者が執筆する場合の両方がある。『オーマイニュース』がゲリラ的な市民記者による社会的な記事で勝負するのに対し、『プレシアン』は経験ある専門家による分析や正確・詳細な事実報道を目指す違いがある。「例えばイラク戦争について、新聞は公式的な分析しか示さないが、我々は背後に石油利権をねらう米国の戦略があることを正面から指摘する。またある問題についての議員の発言が、新聞なら1、2行ですまされるところをわれわれはたっぷり書く。ある程度行数がなければ、その記事のリアリティーが出てこない。スペースの制限のある新聞ではできないことだ」と、朴太堅(パクテギョン)編集長は話す。

『プレシアン』の発足は01年9月。平均ページビューは上昇傾向にあり、1日200万から400万ヒット。ヤフーなどポータルサイトにも提供しているので、全部合わせると1000万ヒットになることもあるという。昨年9月に黒字に転じ、今年に入ってからはずっと黒字基調という。こちらも収入の70%が広告収入。総人員は22人で、新聞業界経験者が多い点は『オーマイニュース』と異なる。これらの先行組に続いて今年に入ってからは、保守的な論調のインターネット新聞が二つ旗揚げしている。

激動の15年くぐりぬけた既存紙

こうしたインターネット専門の新聞の攻勢を前にして、既存の新聞はいまどういう状態にあるだろうか。

韓国の新聞は、朴正煕大統領時代からの軍事独裁下で厳しい締めつけにあっていたが、半面新規に発行される新聞は少なく、既存紙はそれなりに安定した地位を築いていた。中でも東亜日報は、60年代に市場シェア60%台と圧倒的に有利な立場にあった。全斗煥政権を経て盧大愚政権下で民主化が進み、言論の自由の幅が広がった80年代末に、雨後のタケノコのような新聞発行ブームが起こった。長い抑圧の時代が終わった後の自由を求める空気を反映したものだが、新聞界はそれまでの安定した状況から一気に激しい競争の時代に突入していった。

韓国では、日本の朝毎読のように朝中東(チョジュンドン)といういい方がある。公称200万部台を発行している朝鮮日報、中央日報、東亜日報の主要3紙のことだ。民主化の時代、これらに加え、文化日報、ハンギョレ新聞、国民日報などが次々に発行された。現在では、経済専門紙四紙を含め全国紙だけで14紙が発行されている。こうした新規発行ブームのさなかに、日本に約10年遅れて活版からコンピューターによる紙面制作への転換が次々と行われた。

90年代に入ると、東亜日報(93年)に続いて中央日報(95年)が夕刊から朝刊へ発行形態を変更した。さらに、94年から一斉に各紙がそれまでの縦組み紙面を横組み紙面に切り替えた。その後、大幅な増ページ競争に入り、多セクション印刷の時代に入る。80年代末に基本24ページ建てだった東亜日報は、現在64ページが基本で、本紙、経済、スポーツの3セクション構成になっている。他の2大紙も同様な経過をたどった。

90年代後半からは各社ともIT時代に対応したニュースサイト立ち上げなどに着手している。そんな中で若者の新聞離れが起こり、インターネット新聞の攻勢を受けているのが現状だ。こうしてみると、80年代末からのこの15年が、韓国新聞界にとって激動期だったことがはっきりする。5大全国紙とブロック紙、県紙という構成が安定し、成熟産業になったといわれる日本の新聞に比べ、今も大きな変化の可能性をはらんでいるのが韓国の新聞界だ。  

反転攻勢で一歩先んじる東亜日報

主要紙がインターネット新聞への反転攻勢へと動いている中で、一歩先んじているのが東亜日報だ。同紙のニュースサイトを運営している子会社の「東亜ドットコム(donga.com)」社は、01年12月を期して大幅にサイトの中身と組織の大変革を断行した。それまでは、原則として本紙への掲載を待ってニュースを載せ、その更新は1日後、というペースだったため、『オーマイニュース』の速報体制に大きく後れをとっていた。特に、夕刊のない韓国の新聞の場合は、夕刊時間帯のニュース発生に無力で、通信社原稿を使うしか対応の方法がなかった。

これをニュース発生に応じた随時掲載に切り替えるため、ニュース部門を本社編集局に戻したのがこの改革の中心だ。出稿各部と連絡を取り合いながら随時ニュースを流す「デジタルニュースデスク」を新設した。その半年前からニューヨークタイムズ紙など米国のメディア各社を視察してねりあげた組織で、朝日新聞の速報センターと似た性格だ。ニュースは、本紙への出稿を待たずに、サイト用に先に出稿してもらうのが「デジタルニュースデスク」の役目で、そのために各部デスクと緊密に連絡をとりあう。

東亜日報は朝刊紙だが、第1回の編集会議(出稿部長会)は午前9時50 分から行われ、主な朝刊用のメニューはここで紹介される。その出稿予定に載った記事は、特ダネを除いて速やかにサイト用に出稿するよう要請される。一部は筆者本人が書くが、「デジタルニュースデスク」のメンバーが、出稿予定のデータをもとに筆者からも取材して書くこともある。この改変によって東亜ドットコムの速報力は飛躍的に増した。

編集局の記者が、本紙用の記事とは別にサイト用の独自原稿を出すことも奨励された。サイト向け独自記事出稿のインセンティブとして、高額ではないが原稿料も支払われている。インターネット新聞の双方向機能に対抗するため、掲載された記事に対して読者が意見や質問を書き込むコーナーが設けられた。書き込みをした読者の名前のリストにはその書き込みを見に来た人数がつけてあり、「反響の反響」も一目瞭然で分かる仕組みになっている。こうした反響は、先に触れた記者のメールアドレス公開によって記者本人に送られる反響メールとは別だ。

ネット紙を上回る機能打ち出す

こうした双方向機能は、すべての記事の筆者名が明らかであることが効果を増しているようだ。まだ匿名記事が原則となっている日本の新聞では起こりにくい二重、三重の反響の輪である。今年7月中旬、アサヒ・コムに載った高成田論説委員のコラム「市中引き回し発言について」をめぐって活発な書き込みが見られたが、このような現象が全記事について起こっているのが今の韓国だ。  こうした東亜日報の改革には、今年になって朝鮮日報(4月)、中央日報(6月)の両紙も追随した。いずれも編集局の中にサイトのニュース部門を戻し、速報体制を整備するという改革だ。中央日報の場合、サイトへの独自出稿奨励のため「今週のデジタル記者賞」制度を設け、毎週1〜2人を表彰する制度を同時に始めた。

一方で、こうした主要紙のインターネット新聞に対する巻き返しに対し、「大新聞だからできること。自社サイトの充実は中小の新聞にも必要なのだが、資力の面でも人手の面でもその余力がない」と嘆く声(夕刊紙文化日報社会部デスク李ビョンソン氏)も聞かれた。

このような速報体制、双方向性でインターネット新聞に追いつこうとする半面、インターネット新聞には真似のできない強みを発揮しようというとする部分も出てきている。東亜ドットコムのトップページ左上にある「BBCワールド」(CNNと似たニュース専門局)のサービスだ。このサービスは韓国ではケーブルテレビでしか見られなかったのだが、この東亜ドットコムからはいつでも無料で見られる仕掛けが今年3月にスタートした。これは英国BBC側から持ちかけられた企画。すぐに評判になったため、続いてオーストラリアのニュース専門局からも申し出がきた。BBCには料金を払っているが、豪州テレビは無料ベースの話という。

動画、音声のフル活用はニュース専門テレビとの提携にとどまらない。たとえばイラク戦争の特集では、連日詳細な戦況を「動くイラスト」で提供し、使用されている先端兵器については音声入りの動画を使って説明。さらに軍事専門家とのインタビューをテキストだけでなく動画と音声でも提供した。こうした生インタビューの手法は、他の話題でも使われている。8月15日に平壌で行われた韓国と北朝鮮による「南北歌合戦」を前に、これを企画した人気タレントとのインタビューを公開したときは話題を呼んだ。また、人気の写真展の模様を会場で撮影し、それを掲載してもいる。さらにニュースは音声でも聞けるようになっており、男女どちらの声で聞くかを選べ、声は合成音のためかえって人間の肉声より聞きとりやすいという特長がある。

もっともこうしたサービス自体、送り込むデータが動画や音声という大容量のものなので、受ける側にブロードバンドを備えていないと十分に使いこなせない。ブロードバンドの普及率が世界一という韓国ならではの現象ではある。

有料化を一部実施、後続も検討へ

東亜日報はこのほか、本紙に書き切れなかった裏話などをニュースレターにまとめてメールで送るサービスもある。経済部でつくるものは「e-noblians」、外報部のものは「e-world」と名付けられ、週2回リリース。経済部のものは人気が高く、官庁や企業の幹部は必ず目を通すといわれ、メーリングリストは8000人を超す。内容は同時にサイトにも張り付けられるので、配信を受けなくても見ることは可能だ。このニュースレターのサービスは、朝鮮日報、中央日報にもある。

東亜日報のデータベースはこれまで無料が原則だったが、今年7月から有料化に踏み切った。このニュースレターも有料化を検討中だ。PDFによる紙面閲覧と写真データベースの利用はすでに有料化されている。現在無料の月刊誌、週刊誌、女性誌の内容もいずれ有料化することが課題だ。

ずっと赤字が続いていた東亜ドットコムの収支は、00年からのリストラと、ヒット数拡大に応じた広告増収などがきいて02年に10億ウォン(1億円)の黒字を初めて計上した。新聞社系のサイト会社の黒字は初めてという。同社の広告収入は全体の半分で、ポータルサイトや電光ニュースへのコンテンツ提供、オンラインショッピングへの出店料などウェッブプロモーションといわれるこうした収入が残りの半分を占める。同社は資本参加を受けたサムスン系企業の要請を受けて、今年3月に初配当(20%)を実施した。これは店頭市場KOSDAQへの登録条件整備の一環でもある。

東亜日報を先頭に主要各紙が始めたこのようなネット上の作戦は、インターネット新聞以上にマルチメディアの機能をフルに使っている。オンラインのメディアで挑戦を受けたら、同じオンライン上で相手を上回るサービスを提供し、対抗するというのが主要紙の戦略だ。有力紙はいずれも、インターネット新聞そのものにそれほどの脅威は感じていないというが、それを急速に一人前のメディアに育てたIT環境への対応に全力をあげている段階だ。先行2紙を追いかける形で自社サイトの大改革に踏み切った中央日報のキルジョンウ論説委員兼国際協力室長は「インターネット新聞がわれわれにとって脅威になるとは思っていない。しかしわれわれは彼らを打ち負かさねばならない」と率直に語った。

インターネット新聞への対抗上自社サイトの内容を飛躍的に強化するのはいいが、サイトが充実しすぎては読者が紙の新聞を購読する必要がなくなってしまうのではないか。ただでさえ進んでいる若者層の活字離れを自ら加速してしまう恐れもある。日本の新聞を取りまく状況を考えると、こうした疑問に突きあたるが、韓国の新聞人からはこうした設問の仕方自体を「おかしい」とする反応がしばしばあった。

中央日報ではサイト強化のねらいを「活字離れした若い層をこちらにもう一度引きつけるため。もし紙にこだわってインターネット部門を強化せずにいたら、中央日報自体や新聞全体の影響力低下につながり、さらに読者を失う」と説明する。日本の新聞がサイト強化に及び腰であることに共感はなく、「日本は保守的に見える。韓国の新聞社の方が変化に速く対応しようとしている」と、日韓の対応の差を分析した。防御や守勢に回ることなく、あくまで攻勢に出る韓国メディアの特質を示す反応といえるだろう。

本紙、サイトがこだまし合うケースも

東亜ドットコムの大改革後の1年間(02年)に同サイトの訪問客は2倍に増えた。この1年、他の主要2紙の部数が停滞する中で、東亜本紙の部数は年間6万部増えた。そのうち3500部はサイトからの入力によるものだった。鄭求宗(チョンクチョン)社長は「少なくとも昨年を見る限りサイトの充実が本紙部数を減らすことはなかったし、逆に増えた。増えた分の一部はサイトから誘導された。サイトの中身と本紙は同じではなく、サイトにはわれわれの加えた付加価値がある。このため、東亜本紙は読まないがサイトは見るという新しい読者を創出できた」という。

東亜本紙とサイトがこだまし合うようなケースもあった。ある話題ものの記事を本紙からサイトに転載したところ、本紙を読んでいなくてサイトで初めて読んだケースが多く、アクセスが150万件に達した。共感したという感想や意見、自分の体験などの書き込みも殺到。この現象をまとめて本紙とサイトに続報を載せたら、反響の投書やメールとともに、サイトに再び100万件を超すアクセスや多くの書き込みがあった、というのだ。東亜では、こうした意外な相互エスカレーション現象に、紙の新聞とサイトの新しい共生の可能性を感じとっている。

また、サイト上に連載したコラムをまとめて出版する際、反響にまじって届けられた指摘や実例をとりこんで中身が一層充実し、ネットの上での評判が売れ行きにも直結していい結果を生んだという事例も報告されている。

そうはいっても、直接読者と接する販売店や販売局に不満はないのか。最近あった事例だが、ある住宅団地に対する建設会社のサービスで、居住者がパソコンの電源を入れると最初に東亜ドットコムの画面が立ち上がる方式を取り入れた。その結果、800世帯が入るこの団地に購読勧誘に行った販売店は一件の申し込みもとれず、本社販売局ともども猛然と反発したという。この件は、サービスを提供した建設会社が本紙50部の購読料相当分を負担することが決まり、おさまったが、一線ではさまざまな問題が起こり、そのつど解決の工夫がこらされていることがうかがえる。

朝刊化、横組み、多セクション刷り

インターネット新聞迎撃のオンラインの競争は以上見てきたように激しいものがあるが、紙を舞台にした既存の新聞同士の競争も依然として激しい。この15年間の激しい変化の時代に、横組み、多セクション刷り、カラー拡大のいずれでも後れをとった東亜日報を中心に競争の実体をみてみよう。

記事の横組みは日本の新聞ではほとんど行われていないが、同じ漢字を使っている中国では早い時期に導入され、現在目にする縦組みの華字紙は、台湾、シンガポールなど周辺諸国だけだ。韓国でも前述のように94年に中央日報が先鞭をつけたが、東亜日報はこれに四年遅れ、業界内でもしんがりに近かった。コンピューターによる紙面制作は、新聞の横組みと結びつくと、その威力を発揮しやすくなる。英字紙を先駆けとして発達したモジュラーレイアウト(記事、見出し、図版をひとかたまりとして矩形の中におさめ、紙面はその矩形の組み合わせでつくる方法)を採用すれば、紙面編集に要する技量や時間はそれほど大きなものにはならない。経営面ではっきりした利益が見えているわけではないが、コンピューター制作のメリットをフルに生かす効果がある。

韓国では、早い時期から教科書が全面横組みになっていて、文芸作品も横組みが主流であることから、新聞各社の横組み化が一気に広がった中での東亜の出遅れだった。

多セクション刷りは、日本でのセクション折りの失敗の経験もあって、韓国でも「やれば失敗する」という業界の常識のようなものがあったという。そんな中、中央日報が94年に多セクション刷りを敢行したところ、評判を呼んで部数も増え、広告主にも好評で経営的に大成功となった。これを見た各社が追随して現在では3セクション構成が普通となっている。

日本で失敗したセクション折りと韓国で成功した多セクション刷りは、元来違った性格のものだ。多セクション刷りはもともと米国が本家で、平日で7〜8セクション、週末は十数セクションに及び、ページ数も平日で100ページ前後、週末は500ページにも達する面建てを可能にしている。印刷法は、内側に入るセクションを先刷りしておき、最後に印刷される本紙部分の内側にそれを挟み込むインサーターを輪転機に連結させている。こうして挟み込みがすんだ状態で発送されるため、受け取った側で改めて挟み込みの作業は生じない。

日米中間の方式にメリット

日本でこのようなセクション構成をとるのは元日くらいだが、工場にインサーター設備がないので、内側のセクションは何日か前に印刷して販売所に送り、元日の未明に届く本紙に人力や簡易インサーターで挟み込むというやりかただ。これとは別に、最大40ページの印刷能力の中で、32ページと8ページなどにセクションを分け、第2部が本紙に挟み込まれた状態で輪転機から出てくるのがセクション折りだ。これだと40ページの枠の中でのやりくりとなり、40ページを超える増ページには結びつかない。

韓国の多セクション刷りは日米の中間を行くもので、東亜日報の場合、第3部の経済セクションを午後の早い時間に印刷し、まず販売店に向け発送する。本紙とスポーツセクションはセクション折り方式で同時印刷し、第2便として発送する。受け取った販売店では、挟み込み専門の主婦アルバイトを動員して、1、2部の内側に3部を手作業で挟み込み、配達に回す、という方式だ。チラシは日本ほど多くないという。

韓国のこの方式のメリットは、内側のセクションにも同じ日付の記事が載る、いいかえれば鮮度のいい材料を盛り込める点だ。もう1つのメリットは、カラー印刷能力の限界を打破できることにある。東亜日報の場合、最大印刷能力は48ページ、カラーは16ページだが、2回に分けて印刷することにより最大32ページまでカラー印刷できる。仮に3回に分けて印刷することにすれば、48ページカラーも可能だ。

韓国も日本と同様、印刷工場にインサーター設備や先刷りした新聞のストックスペースがないのだが、その分を販売店での作業にしわ寄せしている形だ。日本に比べ、人件費が安いこともあるが、新聞の定価も月決め1万2000ウォン(1200円)、一部売り500ウォン(50円)と日本の2分の1以下だ。ちなみに韓国の新聞収入の比率は広告が70%から80%。販売収入はほとんど販売店に回り、本社の収入にはならないという。

人員減らし、ページ数は2.5倍

韓国では多セクション刷りの導入で増ページが可能となり、カラー化を伴いながら一気に進んだ。15年前の東亜日報の基本ページ建てが24ページだったのが、現在は3セクション、64ページが基本になっている。カラー紙面も常時30ページ前後だ。カラー化の面では朝鮮日報が先頭を切っており、現在の16ページカラー体制を一気に36ページカラーにもっていく計画を進めている。中央日報はすでに24ページカラー体制を完成させているが、東亜の場合まだ16ページカラーの体制だ。広告収入に直結するカラーの整備は急務で、これを急速に36ページ体制にする資金量も大きなものになる。

東亜日報では、以上の横組み、多セクション刷り、カラー化の遅れに加え、朝刊化でも遅れたことを悔やむ声が少なくない。88年のソウル五輪に向けて立てた実施計画を先延ばしして93年に実施した結果は大成功だったのだが、「80年代に見送らなければ地盤沈下を防げたはず」という反省だ。こうした無念の思いが強い分、自社サイトの充実にかける熱意が大きいとの印象も受ける。また、途中に97年経済危機の際、約700人の社員の1割を超す大リストラがあった。1割以上減った人員で2.5倍に増えたページ数をこなしているがんばりは注目に値する。

短期間の大変化、日本の参考に

以上みてきたように、インターネット新聞に対抗してサイバー空間での本格的な反転攻勢に乗り出した韓国主要紙は、印刷媒体同士の設備競争にもしのぎを削っている。ここに至る15年の大変動は、日本でなら20年から30年かかりそうなものを凝縮している感がある。このうち、発行形態の変更、横組み、多セクション刷り、30ページを超すカラー紙面、ニュースサイトの飛躍的充実、身を切るようなリストラは、日本の新聞界が未経験のものだ。ということは近い将来に直面する可能性があるということでもある。CTS化のころまで日本の新聞の後を追っているように見えた韓国新聞界は、今でははるか先に行っていると見ていいだろう。日本のブロードバンド普及も急速に進んでいるし、発行形態の変更では、夕刊を一部廃止した産経新聞の例がある。韓国のメディア状況を虚心に追い続け、自らの鏡とすることは今後とも一層必要になると思われる。

(『朝日総研リポート』No.164 03年10月号から転載)
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